side 美来 お付き合い
私は蓮水に連れられて近くのカフェに入った。
ほぼ強引だった。どちらにせよ固まって口もきけなくなった私には、強引でも釈然としない感情を発散させてもらうのはありがたいのだけれど。
私があの時何をしたのか、いまいちよく分かっていない。気がついたら事故が起こっていて、はっとすると蓮水が生きていた。
「……まず、神木さん」
湯気の立つカフェオレを混ぜながら、私は蓮水の顔を見る。奢ってくれると言うので、甘党の私はしっかり砂糖を入れたカフェオレを頼んだ。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「へ……は、蓮水、頭上げて!」
突然蓮水に頭を下げられる。ぼうっとしていた私ははっとした。同時にようやく気づく。
私――蓮水を事故から、助けたんだ。
託宣も無視して。無意識のうちに。
でも……一つだけ言うなら。私は今、はっきりと怒りを感じている。「神様」の仕組みに対して――私の存在意義に対して。
託宣をイメージするという”役割”を果たしていないはずなのに、事故が起こりかけたなんて言う事実に対して。
だったら――だったら私は、一体なんのために存在しているのか。
役割まで失くしたも同然じゃないか。そんな私に残るものは何?生きているのかもあやふやなのに。
私は何故、ここにいるのだろう。
諦めているはずなのに、これだけはどうしても苦しくなる。
「でも、本当に偶然だったのにね。あんなタイミングで来てくれるなんてさ……未来でも分かってたみたいに」
蓮水は目をきゅっと細めて笑った。私は愛想笑いもできない顔をカフェオレを飲んで隠す。彼が愛想を尽かすならそれでいい。もとより私は意思疎通もできないただの神様だ。
というか、この人冗談にならないことを言っていない?私、疑われている?
「……っあの、それで……少し訊きたいのですが……」
気まずくなって話題をそらす。私はこういうときの自然な対処方法を知らない。
「どうぞ?」
そう微笑まれてもまた、こちらが困ってしまう。託宣にない行動をするなんてはじめてだから、どうしなければいけないのか分からない。私は必死で言葉を探した。
「……今日の、告白……っ、本気、ですか」
蓮水は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。……おかしかった?もう少しまともに質問すればよかったのだろうか。
内心後悔している私を尻目に、ぽかんとしていた蓮水は突然ぶはっと噴き出した。笑いながら彼はコーヒーカップを口に運ぶ。窓際の席だったために、午後の秘密めいた光が蓮水の髪で輪を作っていた。コップに入れられた水が透けて、夕方のまばゆい光を金色に溶かしている。私はその現実味のない光景を、ぼんやりと夢見るように見つめていた。
「まだ疑ってた?僕はこう見えて真面目なつもりなんだけど」
声で蓮水の方を向く。何を考えているのか、いまいち読めない彼の表情。
「……何で、私?」
訊くと、彼はふと真面目な顔をした。
「……憶えてない、よね?」
「……え?」
「何でも」
動揺も悲嘆も感じさせない完璧な微笑で、また蓮水はコーヒーを飲む。
人間には鈍い私でも、そろそろ気がついていた。
蓮水は――なにか目的を、持っているんだ。
でないと、こんな私に近づくはずがない。
密かに託宣に耳を澄ました。聞こうと思えば、いつでも聞けるのだけれど――
「それで、どう?返事の方は」
涼しい声がお構いなしに耳で弾ける。……更に混乱して目の前がちかちかしてきた。
返事?返事⁉告白の?
前言撤回させてやりたかったけれど、私は託宣以外のイメージをしても現実にはできない。渋々言葉を絞り出す。
「でも、私、蓮水のことは一切知らないのですが」
「名前、知ってるくせに」
「揚げ足取らないでくださいよ」
蓮水はくすくすと声を出さずに笑う。頬が熱くなってきたけれど、それは目一杯頭を使っているからだと信じたい。
「……蓮水は、私のことどれだけ知ってるんですか」
「どうだろう、人によって、感じ方は違うかな」
なら、私が神様だってことは?高校生以前の記憶がないことも知ってるの?口を滑らせそうになって、カップをいじる。もう嫌だ。
「……分かった」
「え?」
「……と、もだち、からなら」
口走っていた。
断るでもなく、どちらかといえば軽くいなしたような返事。自分で言っておいて、なにか失望したような気分になった。
だから、蓮水の様子を見て驚いた。
「え……本当に⁉」
空白を置いて、蓮水は身を乗り出していた。近くに迫った、蓮水の大きな黒目が強い西日で焦げ茶に染まっている。
頷いてみせると、彼は口元に拳を当てて目を見開き、私を突き通すほど見つめた。そのあと勢いよく椅子の背もたれに寄りかかって、声を出して笑い始める。
「よかった、はははははっ」
「何で笑って……」
言葉を止めてしまったのは、蓮水があまりにも安心した顔で笑っていたからだ。
……何年ぶりなんだろう。こうして、誰かが私に向ける笑顔を見たのって。
――こうして、なぜだか蓮水と私の”お付き合い”が始まったのだった。
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