side 杏里 警笛

 霞んだ景色。駅のプラットホームだと、あたしははっきり解っている。

 ――いや。

 これは、

 あたし?

 ――夢だ。

 あたしには、こんな記憶ないから。

 ベルが鳴り、は当たり前のように電光掲示板を見上げる。

 

 電車の来る音――と、そのとき、同じタイミングで背中に衝撃が走った。

 電車の来る音――と、そのとき、激しい金属音が響いて、あたしの視界いっぱいに電車の車体が広がった。


「――え?」

 一瞬のうちにぱっと二つの景色が広がって、あたしは思わず声を漏らす。……どういうこと、これは何?

 ともかく、あたしの体は宙に浮いていた。

 ――そう。


 警笛が――甲高く鳴り響く――。


 線路に叩きつけられた瞬間、持っていた鞄から色んな物が零れ落ちた。一番高く舞い上がって、光を反射したのは――鏡だ。

 鏡面があたしに触れたのと、暗い影が覆い被さったのは同時だった。


 猛烈な恐怖と吐き気が押し寄せる――。


「っあああああっっ」

 気がついたら――白い、天井。息が切れている。

 汗が滴り落ちた。額に手を当てる。……なんだったんだ、いまのは――?薄れることもなく、あの恐ろしい光景が頭の中で再生される。忘れたいのに。忘れ――

「っ、い、った……」

 足にズキリと痛みが走った。

「あー……」

 見れば、爪先が透けて布団の色が見えている。

 そんなに動揺はしなかった。自分の手を見下ろす。指の第一関節はもう見えなくなってしまっているし、半透明になっている部分は広がって掌にまで到達している。

 消える、っていうのは体の末端からだと、指が透け始めた時点で分かってたけど。……何もこんなに、じわじわと嬲るような真似をしなくてもいいじゃない。

 息を吐く。そのまま、ぎゅっと自分の膝を抱えた。

 怖いのはさっきの夢だ。なんせ、この前鏡の向こうで落ちたときと同じ感覚だったから。あれは何なの?あたしの妄想?でも、そんな怖い妄想したくないんだけど。

 アラームが鳴ったのでスマホに手を伸ばし、そこでようやくあたしは今日美来と遊びに行くんだと思い出した。

「指……」

 透けてしまった手を見詰める。こんなの見られたら、人間じゃないのは確実にバレちゃうよね。

「隠さないとな」

 あたしは立ち上がって伸びをした。

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