side 美来 託宣その3

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 終礼の間、私はずっと横目で蓮水を観察していた。――この人は、信号無視による事故に巻き込まれて、死んでしまう。

 正直、戸惑っている。こんな託宣は初めてだ。こんな……命に関わるような。

 これで私、蓮水が死ぬところをイメージしてしまったら――……。

 溜息を吐きたくなる。私は、人殺しになってしまうだろう。それに、こんなこと祈れるはずもない。

 だったら歯向かえばいいとも思ったけれど、そうしたら私がかもしれない。所詮生きているとも言い切れないごく小さな神様の手下だ。

 事務的な口調で担任が終礼の終わりを告げる。ああ、困った。結局結論の出ないまま終わってしまった。

 挨拶の後、私はいつもどおり一人で教室を抜け出す。近くを島田さんが通って、触ってしまわないように身を縮こませる。


「神木さん」


 その時、聞き慣れない涼やかな音が耳に届いた。音、ではない。声だ。それも男の。

 振り返ると、今にも帰りそうな出で立ちの蓮水が、そこに、立っていた。

 頭の中が一斉に混乱の渦を巻く。

 久々に誰かと目を合わせて、唖然とした――もちろん自分に――誰かの目をこんなに見たのが何年ぶりか、計算している自分に。

「ちょっと、こっち」

 蓮水にぐいっと腕を掴まれて、ようやく混乱から少し抜け出せた。

 何も言えないまま、誰も使っていない演習室に連れられる。こんな状態、これまで一度もなかったのでどぎまぎする。やめてほしい。こんな託宣はあったか?ていうか、何で呼び出されてる?自分が死ぬのを勘づいているのか?そんなわけ無いか。まさか。

「ごめん、神木さん」

 蓮水の言葉で我に返る。やっぱり私は、不測の事態に対して考え込みすぎてしまうらしい。今日はなんだか変だ。……この人と、ぶつかりかけたときから。

「ちょっと、話があるんだけど」

 考えを振り切って、顔を上げる。腕は掴まれたままだ。

「――……」

 晴れてきたのか、日光が差し込んできた。私は何か言おうとして口を中途半端に開きかけている。――綺麗だなと、場違いなことを思った。私、どうすればいいんだろう。


「僕は――神木さんのことが、好きです」


 ……ちょっと、待った。

 好きって言った?今?こののことを?

「……っど、どういうわけ、ですか⁉」

 思わず口を開いてしまった。

 頭が驚くくらい熱い。――これが、恥ずかしいという状況か。上手く名前を、つけられない。

 そんな私を見て、蓮水は薄く笑う。

「やっと喋ってくれた」

「……はっ?」

 吐息みたいな馬鹿な声が出た。……反省する。私にコミュニケーション能力なんてあったものじゃないな。もう何年――島田さんの朝の挨拶を除いて――まともに誰かと話していないか。自分でも呆れてしまう。

「だから、神木さんのことが好き、というわけ」

「えっと……」

 口下手にも程度ってものがある。うまく言葉が出てこない。躍起になって言葉を選べば選ぶほど、頭が真っ白に染め上げられていく。

 ――そもそも、こんな託宣はなかったのに!

「……その、いつから」

「ははっ、そりゃ、ずっと、前からだよ?」

「……私は何をどうすれば」

「じゃあ、付き合う?」

 ……予想外にも程度ってものがある。真っ直ぐにそんなことを言われて、私が困るとも思っていないのか。

 ただ、迂闊に「はい」とも言えない。私は今日、彼を死なせなくてはならないし……というかこの人は、何でこのタイミングでこんな事を言うの!

 不思議なことだけれど、私をそんな混乱から救ったのは、私を混乱に陥れた張本人だった。

「……まあ、こんな僕だし迷うと思う。でも、ちょっと考えて、ほしい」

 多分間抜けな私の顔を見て、そう言ってくれたのだろう。私が呆然としているうちに、彼はさっと演習室から出ていってしまった。

 ――ごめんね。私は一人、その背中に呟く。

 せっかく私なんかに告白をしてくれたのに、私は、君の死ぬ未来を作らなければいけないのだ。

 ただ――ただ、ちょっと驚きだった。

 神様に死があるのかわからないけれど、そんなときまでこんな事があるとは思わなかったからかな。

 気を取り直し、私は演習室を抜け出す。

 今ので、私がいかにコミュニケーションを取れないかが分かった。断るにしても断らないにしても、この調子じゃ会話もろくにできない。どうにか、しなければ。

 ……訓練しよう。靴箱の前で、私はそう決める。

 誰かと話す、訓練。私が自分から話しかけられるとしたら……思い当たるのは一人だけ。

 託宣通りでも何でもないけれど、私はとにかく動くことにした。

 焦げ茶色の髪を一つにまとめた女の子。都合よく、目の前を歩いている。

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