第24話 放課後デート

 学校の最寄り駅から地下鉄に乗り、2駅。さらに、乗り換えて、1駅で目的地に到着する。


 僕は徒歩通学なうえに、滅多に寄り道をしない。高校に入学して半年ほど経ったけれど、2回しかない。それも、親に頼まれた買い物をしただけ。


 放課後に電車に乗る行為が新鮮すぎる。


 おまけに、同級生の女の子とふたりっきり。萌音以外の女子に不慣れで、かなり緊張していた。


「はわわ、うぃ……人が多くて緊張ちましゅ」


 僕以上に慌てている子が一緒なのもあり、緊張も吹き飛んでしまった。


「人が多いもんね」

「ひゃい。でしゅが、学校の近くは専門店がなくて、好きな本を買うときはここまで遠征しないとダメなんでしゅ」


 たった3駅。けれど、3駅が僕らにとって遠征だった。


「本が好きなんだね?」

「ひゃい。小説やマンガを読んでると、楽しくなれるので」

「今日は近藤さんの好きを教えてくれると、僕もうれしいな」

「こ、こちらこそ、ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いいたちましゅ」


 なんか頭の下げ方が変なのは気のせい?


 改札を出て、軽く驚いた。マンガやアニメ、ゲームのサイネージがいくつも並んでいたから。

 他には飲食店もやたらと目立つ。


「えーと、どっちに行ったらいいの?」

「ご案内しましゅ」


 人ごみは苦手っぽかった近藤さんは、慣れた足取りで歩き始める。慌てて僕も横に並ぶ。


 1分ほどして、細い路地に入る。電気製品のショップが目を惹く。

 その他に。


「メイドさんって実在したんだね?」

「ひゃい。メイドさん、かわいいでしゅ」


 ビラ配りのメイドさんに唖然とする僕と、口を開けてうらやましそうに見つめる近藤さん。


「ご主人様、お嬢様。お茶のご用意をしましょうか?」


 立ち止まっていたら、メイドさんに話しかけられた。10代後半ぐらいの美少女が、ひらひらなメイド服を来て、ニッコリと微笑んでいる。


(勉強になるなぁ)


 笑顔がかわいい。朗らかで、親しみを感じさせる。こういう営業もモテ力アップの参考になるのかもしれない。ただし、なぜかエッチに見える服装を除けば。


「わ、わたしはメイドさん未満の卑しい存在しょんざい。メイドさんの靴を舐めるのが、わたしにふしゃわしいのでしゅ」


 ところが、近藤さんの自己否定が発動し。


「……キモっ」


 メイドさんはつぶやくと、僕たちの前から去っていった。大学生風の男たちにビラを渡す。


(裏表が怖いな)


 なんとなく神楽坂さんを思い出してしまった。

 一方、近藤さんは真っ青になっていて、魂が抜けたようになっている。


「近藤さん、大丈夫かな?」

「また、やってしまった。わたし、ダメすぐる」


 ものすごい落ち込みようだ。


(誘わなければよかったかな?)


 近藤さんを知るために来たとはいえ、こっちまで気が滅入りそうになる。


(いや、そうじゃないだろ!)


 こういう子だとわかっていて、それでも近づきたいと思ったわけで。


(まずは、楽しんでもらわなきゃな)


 なにか良いアイテムはないかと辺りを見回す。

 近くにケバブ屋があって、良い匂いが風に乗って運ばれてくる。


「お、おにく」


 近藤さんのささやきを聞き漏らさなかった。


「お肉が食べたいの?」


 コクリとうなずく。


「ケバブ食べられる?」

「だいしゅきでしゅ」


 見た限り、ケバブ屋は店内に食べられるスペースはない。持ち帰りで買って、食べ歩きをするか、レジ前のベンチで座って食べるか?


(もしかしなくても、買い食いじゃないか⁉)


 買い食い自体は、校則で禁じられているわけではない。ただし、生活指導の先生は望ましくない行為だと言っている。

 少し前の僕だったら、迷わず買い食いを避けただろう。


「なんか今日の昼が少なかったみたいで、僕も食べたいなぁ」


 ケバブ屋の前に移動し、串焼きを2本注文する。トルコ人風の店員から受け取り、店前のベンチに腰を下ろす。

 近藤さんに串を渡すと。


「はぁぁっ!」


 目を輝かせる。彼女は前髪を手で押さえてから、串を口もとに運ぶ。


「ペロペロ」


 ちょこんと舌を出し、肉の表面を撫でる。


「肉汁がたまらんでし」


 艶っぽいと思ったが、言わないでおく。


 肉欲(意味深)が刺激されるので、食べる光景を見てはいけない。

 自分の分の串を頬張る。


「おぉぉっ!」


 食べ慣れない羊の肉。臭みがほどよく中和され、むしろ肉汁が正義だった。


「これはおいしい」


 ケバブの味自体が美味なのはもちろん。

 感慨に浸っていたら。


「あの、お金を」


 近藤さんがバックから財布を出していた。


「いや、お金はいいよ」

「で、でしゅが」

「本当に大丈夫だから」


 近藤さんは申し訳なさそうにしている。

 受け取った方がいいんだろうかと考えたが。


「実は、買い食いは初めてなんだよね」

「しょうなんでしゅか?」

「……いや、厳密に言うなら、小3まではしてたな。けど、小4からは先生の言うことや校則を絶対遵守してたんだよ」


 近藤さんが少し距離をとった。引かれたらしい。

 少し悲しいけれど、めげてはいられない。


「今日は良い経験をさせてもらったから、お礼に奢らせてほしいんだ」

「かっこいいでしゅ」


 萌音以外の女子には褒められ慣れていなくて、恥ずかしい。

 僕は立ち上がり、食べた後の容器と串をゴミ箱に捨てる。


「じゃあ、本屋に行こうか?」

「はい、楽しみでしゅ」


 午後の陽ざしが彼女の黒髪に降り注ぐ。控えめで、美しい表情だった。

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