第5章 両手に花

第29話 妹弟子

 翌日の放課後。


「お、おじゃま……んぼう」


 近藤さんが斜め上の噛み方をした。さすが、噛み様。


「自分の家だと思って、リラックスしていいから」


 と口では言ったものの、近藤さんの気持ちもわかる。


 友だちになった次の日に、いきなり相手の家に行くんだ。しかも、異性で、親がいない状況となれば、なおさら。

 僕としても、女子と家でふたりきりは避けたかったのだが。


「わ、わたしから大空しゃんの家に行きたいと言っておいて、情けないでしゅよね」


 近藤さん自ら僕の家に行きたいと要望したのだ。


「近藤さん、勇気だして、えらい、えらい」


 頭を撫でたくなる。

 小動物っぽさもあって、保護欲をそそられるのだろう。


(って、萌音にいつもされてるじゃんか⁉)


 萌音からしたら、僕は近藤さん枠なのかもしれない。

 わかってはいたけれど、男に見られてなくて複雑な心境だ。


「いま、他の女のことを考えてまちたよね?」


 近藤さんが玄関で靴を脱ぎながら、言う。


「き、気のせいなんじゃ」

「すんすん」


 僕の言葉も聞かずに、近藤さんはなにかの匂いを嗅いでいるようだった。


「この家から天海さんのかぐわしい香りがしましゅ」


 さっきから近藤さんの勘が良すぎる。


「毎朝、萌音は僕の家に来てるからね」

「きゃぁぁっ!」


 黄色い声を出した。


「マンガで見た幼なじみでしゅ」

「あははは」

「寝起きにおっぱい揉んでたときの感想をレポートにしてください」

「なぜ、それを⁉」

「そ、その反応は実際に起きたんでしゅね?」


 しまった。


「な、なにか飲む?」


 すかさず話題を変えた。


「牛乳をおながいしまちゅ」


 先に僕の部屋に近藤さんを案内してから、僕はリビングに行く。牛乳と、僕の分のアイスティを持って自室に戻る。

 近藤さんが本棚を漁っていた。


「近藤さん、なにか気になる本あった?」

「エッチな本はどこでしゅか?」

「えっ?」

「えっ?」


 顔を見合わせて、お互いに固まった。


「エッチなはないよ」

「うそでしゅ。男の子はエッチな本を持ってるとマンガに」


 気弱だと思っていた近藤さんが信じてくれない。

 空気を入れ換えようと、窓を開ける。


「僕、15歳だし、18禁には手を出してないよ」

「ぐぬぬ。大空しゃんの真面目さなら納得できてしまうのでしゅよ」


 不本意ながら、僕のキャラで通ってしまった。


(別に真面目じゃないんだけどな)


 18禁に該当しない程度の画像をネットで収集している。具体的には、きわどいコスプレとか、水着とか。

 あとは、エッチなラノベも電子書籍で買っている。全年齢版だからセーフだ。


「ところで、僕の家に来たのは……」

「本棚を見せてもらいたかったんでしゅ」

「本当に本が好きなんだね?」

「それもありましゅが、大空さんの性癖を知りたくて」


 さっきから、近藤さんがエッチです。

 なにかあったのか、心配になってくる。


「変でしゅか?」

「えっ?」

「わ、わたしみたいな冴えない陰キャ女子が、エッチなのが好きで」

「あっ」


 偏見だった。まるで、近藤さんに性欲がないとでも決めつけているようだ。完全に僕が悪い。


「ごめんなさい」


 素直に謝る。


「わたしも女子なので、エッチには興味あるんでしゅ」


 近藤さんはベッドに座ると、スカートの端を持ち上げる。太ももに蛍光灯の光が注ぎ、まぶしい。さらには、その奥のものが見えてもおかしくなくて。


「こ、近藤さん⁉」


 さすがにまずいと思って、声をかける。

 そのときだ。


「つらたん、結月さんのヒーローだからね」


 窓の外から幼なじみの声がして。


「それで、勇気を出したのかも」


 萌音がニコニコしていた。


 彼女の部屋の窓とは1メートルぐらいしか離れていない。


 風でカーテンもなびいている。反応からして、見ていたのだろう。


 恥ずかしいところを目撃されてしまった。

 僕は深呼吸をすると。


「も、萌音さん、こんにちは」


 なにごともなかったように挨拶をする。


「僕の部屋の向かいが萌音の部屋なんだ」


 目を点にしている近藤さんへ説明した。

 なお、近藤さんはスカートを整え直していた。おかげで、安心して見られる。


 それより。萌音の発言で引っかかることがあった。


「ところで、萌音さん?」

「そっちに行くから」


 2分後。萌音が僕の部屋に到着する。なお、私服に着替えていた。


「萌音、聞きたいことが……」

「ふたりとも昨日はがんばったね」


 萌音は右手で僕の頭を、左手で近藤さんの頭を撫でた。


 昨日の件、萌音には結論だけを伝えている。そのとき、『ヒーロー』という言葉は出していない。


「わたし、全部、聞かせてもらったの」

「へっ?」


 思わず間の抜けた声が漏れた。まあ、『ヒーロー』発言の時点で、変だと思っていたが。


「昨日ね、お友だちとスイーツを食べに行ったの。解散して帰ろうとしてたら、貫之くんと結月さんを見かけたのよ」

「そうだったんだ」

「深刻そうな顔をしてたから、あとをつけさせてもらったの。ごめんね」

「いや、僕たちを心配してなんだろ?」

「万が一、お姉ちゃんが助けられるようにね」


 萌音らしい。


「けど、お姉ちゃんがなんでもしたら、貫之くんのためにならない。だから、すっごく我慢してたんだよ。貫之くんの後ろからエールを送ってたんだから」


 えっへんと胸を張る。


 そういえば、近藤さんと話しているとき、後ろから萌音の声がしたんだった。幻聴だと思っていたが、本物だったか。


「僕は怒ってないけど、近藤さんは?」

「……わ、わたしごときが聖女ママキリアのお手を煩わせてしまい、切腹ものでごじゃる」


 近藤さんは腹を切る仕草をしていた。

 プライバシーに関わる話を萌音に聞かれた件について問題視していないようだ。


「あらあら」


 萌音は近藤さんの両肩をつかむと、自分の方に引き寄せる。


 ――むにゅ。


 埋まった。胸に。顔が。

 外から眺めていても、迫力に圧倒される。


「ふがぁぁっ」

「あらあら」


 萌音が抱き寄せた結果、近藤さんの体から力が抜けている。弛緩しきっていて。


「萌音、窒息してるんじゃないか?」

「あらあら」

「し、しあわせしゅぎ」


 昇天しているっぽい。気持ちはわかる。

 噛んではいても、話せてはいる。とりあえず、窒息の心配はないだろう。


「結月さんはお姉ちゃんの弟子になったの」

「へっ?」


 そんな話は聞いていない。


「結月さん、自己肯定感を高めて、つらくならないようにするんでしょ?」

「ああ、そうだが」

「なら、お姉ちゃんに弟子入りするのがいいと思うな」


 たしかに。僕よりも萌音が強い分野だ。


「一番弟子が貫之くんだから、結月さんはその次ね。貫之くん、妹弟子ができてよかったね」

「……僕はいいんだが、近藤さんの意思は?」

「あら、そうだったわね」


 萌音はまったく悪びれた様子もなく、近藤さんを胸から解放する。


「それで、近藤さんは萌音に弟子入りしてもいいのか?」

「おっぱいが最高すぎて、弟子になりまちゅ」


 理由はともあれ、納得したのなら問題ない。


「じゃあ、さっそく、結月さんをかわいくする計画を発動ね」


 萌音は近藤さんの髪をいじりだした。


「今週の土曜日。結月さんを最高の女にしちゃうよ」


 幼なじみがやる気満々だ。


「お、おながいしまちゅ」


 近藤さんがペコペコと何度も頭を下げる。

 とりあえず、乗り気らしい。


 計画が上手くいくよう、萌音と事前に打ち合わせておこう。

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