第28話 今のジョブでいい
「しゅ、しゅき?」
「ああ、(性格は)好きだよ」
思ったとおりのことを言っただけなのに。
「はわわゎ」
両手をバタバタさせ、顔から湯気が出そうなほど、近藤さんはうろたえていた。
「ごめん、迷惑だった」
「ひ、ひえ。わたしごとき宇宙ゴミレベルの存在に恐れおおいでしゅ」
例によって、激しくネガティブな発言が出る。
事情を知った今なら理解できる。
お兄さんとのことがあって、小さい頃から自分を下げる癖が身についてしまったのかもしれない。15年の人生で習慣化されたものを変えるのは難しいのだろう。
自分を貶めて楽しいとは思えないし、周りも引いてしまう。
個人的にはもったいない気もするが……。
(ただ、近藤さんのキャラなんだよなぁ)
無理にキャラを変える必要はない。
神楽坂さんに失恋して以来、僕はそれを証明したくて動いているわけで。
自己肯定感が低すぎる近藤さんを否定したくない。
だから。
「近藤さんは、今みたいな自虐発言をどう思ってるのかな?」
「……な、直したいでしゅ」
近藤さんがどうありたいのか、それを知ることにした。
「直したいんだね」
「ひゃい。だって、自分で自分をいじめてるみたいでしゅし、周りの人に嫌な顔をされましゅし」
「そうなんだね。自分をいじめたくないし、周りの人にも嫌われたくない?」
「ひゃい。そうなればいいのに」
近藤さんの願望は引き出せた。
「でも、できてないから苦しんでるんだよね」
「そうなんでしゅ。口が勝手に動いちゃって」
「うん」
「自分の声を聞くじゃないでしゅか?」
僕はうなずく。
「それが呪いみたいで」
「呪い?」
「そう。『わたし、永遠にダメな子』と呪われてる気がするんです」
「うわぁ、そりゃ呪いだね」
近藤さんの言葉を一切否定せず、とにかく同意する。
じつは、萌音と練習をしていた。
萌音が愚痴を吐きまくる役をやって、僕がえんえんと聞き続けるという特訓だった。
自分の意見を言ったら、添い寝10分の刑が待っている恐ろしい修行だ。なお、3回ほど添い寝しました。弾力がすさまじかった。
「わたしが弱いから呪われて、そんな自分に嫌気が差して、落ち込んじゃうんでしゅ」
「ループしてる感じかな?」
「ひゃい。まさに、ループでしゅ。3万回ぐらい繰り返してるのに、まったく成長しないどころか、下がりまくりなダメ人間がここにいます」
さっそく、自分をダメ人間扱いしている。
「あっ、今の発言を聞いて、また呪われちゃいまちた」
近藤さんはがっくりと肩を落とす。
(問題は根深いな)
なんとかしたいと思っていても、すぐには改善できないだろう。
僕には僕の目的があるし、自分の利益だけを考えるなら時間がかかるものには手を出さない方がいいだろう。
けれど、自分を優先するのは、僕が目指す姿とかけ離れていて。
カノジョ候補とか以前に、近藤さんの力になりたい。
「他に、自分のどんなところを直したいのかな?」
「全部でしゅ」
ある意味、予想できてはいたけれど、最悪の答えが返ってきた。
もう少しは整理しないと話にならない。
「近藤さんはどうなりたいの?」
「陽キャは逆に大変そうでしゅなので、そこそこ友だちがいるタイプ。うちのクラスでいうと、天海さんみたいな」
「ああ。萌音か」
「ひゃい。包容力もあって、優しくて。おっぱいも大きい。リアルで恋人にしたい女子でしゅよ」
後ろの席の人が咳払いをした。
「萌音に憧れてる?」
「ひゃい。あの胸に顔をうずめたいでしゅ」
先ほどまでの暗い顔とは一転、欲望がむき出しだった。
(まあ、実際に体験すると、極楽だしなぁ)
あっ、僕までつられてしまった。
「近藤さん、たとえばだけど」
「ひゃい」
「コミュ力がレベル99になったら、萌音になれると思う?」
彼女がイメージしやすいよう、ゲーム的な表現で聞く。
「うーん、無理でしゅね」
近藤さんは首をかしげる。
「天海さんとわたしは根本的にジョブがちがうんでしゅ」
「どういうこと?」
「わたしが黒魔術士だとすると、彼女はヒーラー。黒魔術士が最強の攻撃魔法を習得しても、ヒーラーにはなれません」
ゲームにたとえて良かった。
「そういうこと。近藤さんは黒魔術士。ヒーラーにはなれない」
「ふむ」
「僕、最近思ってるんだけど」
彼女はオレンジジュースを飲む。
「性格もジョブみたいなものなのかなって」
「ん?」
「ネットで性格テストみたいなのあるよね?」
「わたしは『ダメ人間』に分類されまちた」
「……そんな性格テストは信用しない方がいいと思うよ」
斜め上の答えのせいで、言いたいことが言えない。
「性格テストだと、性格を分類してくるでしょ。ゲームのジョブみたいに」
じつは、かなりの暴論だと思っている。現実の人は複雑で、簡単に分類できない。
たとえば、学校では『真面目』に属している僕も、エッチなことを考えている。完璧な真面目とは言い切れない。
それでも、これから伝えたいことのために必要なので、あえて利用する。
「近藤さん、黒魔術士というジョブなんだったら、黒魔術士のままでいいんじゃないかな?」
「がんばっても、ヒーラーにはなれないからでしゅか?」
「そう。黒魔術士には黒魔術士の良さがある。無理に変える必要はないよ」
「でも、ゲームシステムによっては、強いジョブもあれば、弱いジョブもあります。魔法耐性のある敵ばかりだと、黒魔術士はしんどいでしゅ」
痛いところを突かれた。
現実では、『陽キャ』のジョブが強いわけで。
「たしかに。でもさ、黒魔術士のままでも高レベルになれば、レベルが低い陽キャと太刀打ちできるかもよ」
あえて、ゲームのジョブと現実を混ぜて言ってみた。やればできそうと感じてもらえるように。
「たしかに、レベル99の最弱職と、レベル1の最強職。さすがに、レベル1には負けないはじゅ…………負けませんよね?」
僕は大きくうなずいた。
「だから、今のジョブのままレベルアップを目指していけばいい」
やや強引だけれど、近藤さんが余計な疑問を持つ前に結論を出す。
「レベルアップして、自己肯定感を高めていけば」
「いけば?」
「毎日が楽しくなると思うんだけど、どうかな?」
「やってみます!」
数秒前までとは打って変わって、元気の良い声だった。
「なら、今の近藤さんのままで自分がつらくなるところだけを変えていく。それでいいかな?」
キャラは変える必要はない。しんどくなっている考えや癖だけを直せばいい。
「はい」
晴れやかな笑顔に僕は見とれてしまった。
「で、でしゅが」
ところが、一瞬で顔が曇った。
「わたし、ひとりでどうやれば……」
「僕が手伝うから」
言い出しっぺの僕がなにもしないなんて、ありえない。
「本当でしゅか?」
「だって、僕たち友だちでしょ?」
「と、友だち?」
近藤さんは目を点にする。
「僕は近藤さんを手伝いたい。大事な人だから」
「はわわぁ」
「だから、友だちなんだけど……嫌かな?」
「う、うれしいでしゅ」
窓から射す夕陽が彼女の横顔を朱に染める。
「大空さん、わたしのヒーローです」
「ヒーローじゃなくて、友だちだけどね」
僕が苦笑いをすると、彼女は微笑を浮かべた。
こうして、僕と近藤結月さんは友だちになった。
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