第26話 好きに真面目で尊敬できる

「近藤さん、どうしたの?」


 危険を察知した僕は、近藤さんと男の間に割って入る。


「なんだ、あんたは?」


 男は僕を睨んできた。

 茶色い髪は肩まで伸び、服は派手なネオンカラー系。いかにもチャラい感じの男だった。


 遠い世界に生きる住人のようだ。


 思い出す。

 中学時代、風紀委員をしていたときのことを。立場上、髪や服装が校則違反だった生徒たちを取り締まらないといけなかった。


 ちょっと見た目が派手で、チンピラ風の男が相手でも、問題ないはず。

(大丈夫だよな?)


「僕は彼女の友だちだ」


 気持ちで負けてはダメだと思い、強めに言い切った。


「ぷっ」


 すると、男は噴き出した。


「結月に友だちなんかいるわきゃねえだろ」


 近藤さんを下の名前で呼び、明らかにバカにしている。


 なお、近藤さんは後ろから僕の袖をつかんでいる。震えているのが丸わかりだ。

 ふたりの関係は気になるが、今はもっと大事なことがある。


「あの、彼女、怖がってるんですけど?」


 喧嘩になったら近藤さんを余計に追い詰める。できるだけ、静かな口調で話して、穏便に収めよう。


「はっ、結月はオレ様のもんだ。オレ様が好きにしてもいいじゃねえか」


 唖然とした。


(オレ様って、本当にいるんだ?)


 しかも、近藤さんを自分の物扱いしている。


(まさか、彼氏ってことは?)


 いや、近藤さんの態度は恋人に対するものではない。

 そうはいっても、嫌がる近藤さんに無理やり不埒な真似を働く可能性もあるわけで。


 謎の男にどう対応するか考えていたら。


「わ、わたしは……」


 近藤さんが弱々しい声ながらも、自分の意思を述べようとする。

 僕は精一杯の笑みで、彼女を見守ることにした。


「なんだ、結月?」

「わたしは、の物ではありましぇん」


 予期せぬ言葉に耳を疑った。


「お兄ちゃん?」


 僕が思わずつぶやくと。


「ひゃい。この人は、わたしの兄でしゅ」


(お兄さんだったか……)


 変なチャラ男に脅されているわけではなさそうで、安堵しつつも。

 肉親にしては怯え方が尋常ではなくて。


 近藤さんを守るにはどうしたらいいか、さらに問題が難しくなる。


 もし、僕がお兄さんを徹底的にやり込めても、家にいづらくなる恐れもある。あんまり手荒なことはできないからだ。


 なるべくフレンドリーな態度でお兄さんに話しかける。


「妹さん、僕の買い物に付き合ってくれてるんです」


 実際は近藤さんの買い物に僕がついてきたのだが、ウソを吐いた。

 僕が連れ回したことにすれば、僕が矢面に立つ。少なくとも、近藤さんに怒られる理由はなくなる。彼女の恐怖を減らすのが第一だ。


「ふーん、それにしちゃ、結月、楽しそうに布教してたよな?」

「あうぅっ」


 近藤さんがラノベを熱くおすすめするのを聞いていたのか。


「つか、おまえ、中学んときも自分の趣味を他人に押しつけて、嫌われたよな?」

「っっ」


 近藤さんがうつむく。


「みんな、ネタでおまえに話を振ってんの。それなのに、真に受けて、自分が好きなマンガを薦めてきてさ。女の子同士でキスするとかキモすぎだっての」


 近藤さんが目を真っ赤にする。

 見ていられなかった。


「お兄さん、LGBTQに配慮しましょう。同性間の恋愛を差別するのは、NGですよ」


 僕らしくポリコレ棒で殴ることにした。スラング的なポリコレ棒とはちがい、いちゃもんではないけれど。


「そんなんどうでもいいっての」


 しかし、お兄さんには通じなかった。


「とにかく、中学んとき、結月が百合マンガとか、エッチなラノベとか学校で布教したじゃん」

「そ、それは、そうでしゅが」

「オレ様が狙ってた後輩に言われたんだ。『キモオタの兄とは付き合えない』ってな」


 お兄さんは近藤さんを睨めつける。


「なんで、バカな妹と1学年しか離れてないんだろうな。オレ様、恥ずかしいったらありゃしねえ」

「しゅ、しゅいません。わたしがバカで」


 近藤さんは自分の頭をポンポン叩いた。


「近藤さん、落ち着いて」


 3回目で、僕は彼女の手を押さえる。


「つか、オレ様にあれだけ迷惑をかけておいて、まだキショいオタクごっこなんかやってんのか?」

「しょ、しょれは……」

「さっきも言いましたが、僕から頼んだんです」

「ふーん、男か?」


 お兄さん、今度は僕の顔をジロジロと見てきた。


「結月、真面目くんが好きだったのか。いや、真面目くんにエロラノベをぶつけて、堕とす作戦もあるな。おめえ、案外、腹黒なのな」

「近藤さんを見くびるな」


 敬語を忘れてしまった。


「彼女は腹黒なんかじゃない!」


 どこかの誰かさんとちがって、自分を良く見せるために偽らない。


「普段は自分に自信がないのに、好きなものになると饒舌に楽しそうに話して。そんな彼女と僕は友だちになりたいと思ったんだ」


 相手がお兄さんだろうが関係ない。


「自分の『好き』に真面目な近藤さんを、僕は尊敬している」

「ひゃ、ひゃう」


 口をパクパクさせる近藤さんに僕は訴える。


「近藤さんがおすすめしてくれたラノベ。大切に読ませてもらうから」

「大空さん、ありがとうございます」


 近藤さんは相好を崩す。

 幸せそうな彼女を見て、自分の選択が正しかったと安堵した。


「ふーん、真面目くん。あんたもキショいな」


 お兄さんの攻撃の矛先が僕に向く。


 まったく不快ではなかった。僕が盾になればいいから。

 近藤さんの好きを認めた僕は、もはや無敵で。


「キショいですが、なにか?」


 妹を従えようとする人に負けるつもりはない。


「……オタクどもは意味がわかんねぇ」

「というか、お兄さんもラノベ売り場にいますよね?」

「いちゃ悪いかよ」

「なのに、オタクを下に見るのはどういうことなんでしょうか?」

「うっせぇ」


 答えに窮したのだろう。


「おーい、海人かいと、探したんだけど」


 お兄さんの横に女性が現れる。


「げっ、ごめん。マリンちゃん」


 女性に気づくや、お兄さんはバツが悪そうに頭を下げる。

 女性は僕たちと年が離れていないギャル風の人だった。


「あーしがラノベを開拓してるのに、あんた、フラフラしちゃってさぁ。お試しのカレピッピ、解消してもいいじゃんってか?」

「これはこの、ちがくて」

「この後、コスプレショップにも行かなきゃだし、忙しいんだからね」


 ギャルに手を引かれて、お兄さんは僕たちの前から去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る