第25話 おすすめの本
「ここでしゅ」
とある店の前で、近藤さんが足を止める。
アニメやゲームの看板が出ていたり、2次元美少女の等身大パネルが店頭に飾られていたり。本屋というより、オタクグッズの店だった。
「普通の本屋しゃんより、ラノベやマンガは充実してるんでしゅよ」
近藤さんが不安そうに僕を見ていた。
「いや、むしろ、近藤さんの来たい店に来られて、僕もうれしいかな」
「本当でちか?」
「僕も息抜き程度にはマンガをたしなむし」
「……優等生なのに」
「放課後に1日3時間は勉強して、他にもトレーニングをしているんだ。休日にマンガでも読まないと回復しないから」
「すごしゅぎ」
他の子だったら引かれてもおかしくないのに、尊敬のまなざしを向けられた。
「わたしはダメ人間でしゅし、1日5時間読書してましゅ」
「逆に疲れない?」
「好きで読んでるので、疲れましぇん」
近藤さんの好きなものに対するパワーは称賛に値する。
「なら、今日は近藤さんおすすめの作品を教えてよ」
「微力ですが、全身全霊で任務に精進しましゅ」
「……そこまでかしこまらなくていいから」
近藤さんのおかげで気づいた。
(こういうとき、言われた方は反応は困るのな)
店に入る。
1階はCDに、マンガの新刊、アニメグッズが並べられていた。
「上の階に行きましゅ」
近藤さんは慣れた足取りで雑居ビルの階段を上がっていく。けっこう、勾配がある階段だった。
後からついていく僕としては、スカートが心配でたまらない。
「近藤さん、大丈夫?」
「はい、でしゅ。ここの階段は頻繁に上り下りしてましゅ。オタクに体力は必要なので」
やけに自信満々だった。普段とは別人だ。
体力の問題ではないけれど、指摘すると僕が下心あるみたい。近藤さんに近づいた目的が目的なので、「何言ってんだ、こいつ」だった。
近藤さんは3階で足を止める。
「今日は月末近くて、月初のラノベがフラゲできるのでしゅ」
ラノベがほしいのだけはわかる。
「僕、一般文芸は読むけど、ラノベはあまり詳しくないんだ。初心者向けのラノベでいいのない?」
会話を振ってみる。
「どういうジャンルが好きでしゅか?」
「ジャンル?」
「異世界転生とか、現代ラブコメだとか、青春要素強めだとか、SF要素ありとか、軽めなミステリーとか」
「いろいろあるんだね」
「まだまだありますよ。ラノベは売れ筋が偏ってるように見えて、多様性があるジャンル。そもそも、ラノベと一口に言っても、人によってラノベと感じるものがちがいますし。ラノベ定義論争は定期的に見かける話題です」
「ずいぶん、詳しそうだね」
ものすごく楽しそう。口角も上がって、自然な笑みになっている。
近藤さん、笑うとかなりの美少女だ。
「そうだなぁ。僕は小説を読むときに、キャラの心情を追体験したいんだよね」
「追体験?」
「僕は大空貫之の人生しか歩めない。起きている出来事も、それについての感情も、あくまでも大空貫之だけのオリジナルストーリーというか」
近藤さんが首をかしげる。
「たとえば、僕がある女子に告白して、こっぴどく振られたとするね。失恋自体は普通にあることでも、真面目な性格を全否定されるみたいなのは僕だけの物語なんだ」
「……やけに実感がこもってましゅね」
実話を元にするんじゃなかった。
「近藤さんだったら、僕みたいな振られ方をされたら、どう思う?」
「『生まれてきてごめんなちゃい』とベッドに閉じこもったまま、半年は起き上がらないかと思いまちゅ」
近藤さんらしい答えにほっこりする。
「僕だったら真面目な性格を変えたりと思ったり、相手の子を見返してやろうとしたりかな」
「やっぱり実感がこもってましゅ」
だから、実話をするんじゃなかった。
「とまあ、同じ出来事でも人によって考えることはちがうんだ。僕は僕の人生を生きているかぎり、自分で感じたことしか味わえない」
近藤さんはうんうんとうなずく。
相づちをされると、話しやすい。
「けど、小説を読めば、主人公の気持ちは書いてある。直接的な表現で、『悲しい』とか『悔しい』とか書かれていなくても、行動で推測できるように表現されているでしょ?」
「ひゃい」
「だから、僕は大空貫之のまま、別人の気持ちを追体験できるんだ」
「わかりまちた。大空さんにはエモい青春ラブコメをチョイスしましゅ」
数分後。近藤さんが1冊のラノベを持って来た。
「こ、これは?」
「これがおすすめでしゅ」
近藤さんを疑いたくないが、エモい青春ラブコメなのかと思いたくなる表紙だった。
というのは、豊満なスタイルのお姉さん風女性が、胸に丸い穴が空いたセーターを着ている表紙だったから。
「いわゆる、童貞を殺すセーターでしゅね」
「は、はぁ」
「メインヒロインは爆乳で、学校でもママ扱いされてるのです」
そこで、萌音の顔が浮かんだ。コンマ1秒後、萌音がセーターを着ている光景がすべてを支配した。
僕がお願いしたら着てくれそう。
(いかん、いかん、なにを考えてるんだ?)
慌てて、首を横に振った。
「メインヒロインは謎の病気に罹患して、エッチな衣装を着ないと存在が消えてしまうのでしゅ」
(なんじゃそりゃ)
近藤さんがおすすめした手前、心の中で突っ込むにとどめた。
「主人公がエッチなイベントをこなしながらも、ヒロインのために必死に行動するのです。その過程で、ヒロインの……………………あっ、ネタバレしゅるところでちた」
「いや、気にしなくていいよ」
真っ青になった近藤さんを安心させようと、微笑んでみせた。
「つまり、エモい青春ラブコメなんだね?」
「ひゃい。わたし、読み終わったときに号泣しました」
「わかった。じゃあ、僕は買ってみるよ」
「あ、あの。わたしの本を貸しても……」
「ありがとう」
まず、礼を述べてから。
「近藤さんが大事にしている作品なんだし、お金を払って読みたいんだ。身銭を切った方が、真剣に向き合えるだろうし」
個人の感想です。
「ごめん、近藤さんの買い物もあるだろうし」
あくまでも、近藤さんの付き合いで来た。僕に時間を割いてもらったら悪い。
話題を変えたときだ。
「つか、やっぱ、
見知らぬ男の声がして。
「ひぇっ」
近藤さんの声が裏返って。
謎の男を振り返ったとたんに、唇がワナワナと震えた。
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