第37話 本心

「真面目なあんたをバカにしていたのは、私が全面的に悪いわ」


 一度、非を認めた神楽坂さんは、殊勝な態度で頭を下げてくる。

 僕に厳しい裏の顔ではなく、学校での優等生の表情だ。炎上を鎮める謝罪仕草だった。


「でも、あんたには別件で言っておきたいことがあるんだけど」


 真摯な行動に感動したのもつかの間、ジト目を向けられた。

 人間関係のリセットまではできなかったようだ。


「僕のキャラを否定するんじゃないよな?」


 告白したときの二の舞にならないか聞いてみる。


「そんなこと言うわけないじゃない」


 しれっと言いやがった。

 

「わ、私はあんたをいじめたいわけじゃないんだからねっ」


 世の中にはヤバい人がいて、常識とか世論とか全無視して攻撃してくるわけで。

 信じていいものか迷う。


(ここで疑ったら、また争うかもなんだよなぁ)


 相手は僕と同じ高校生。腹黒優等生委員長ではあるが、物理的な戦闘力まではない。

 なにかあれば萌音の援護も期待できるし、いったんは聞いてみよう。


「僕に言いたいことって?」

「で、あんた、どっちが本命なのよ?」


 神楽坂さんの視線は、萌音と近藤さんを行ったり来たりしている。


「あんた、恋愛バカなバカ真面目かもしれないけどさ。二股はバカすぎる。女子を泣かしたら、私が許さないんだからねっ!」


 完全に勘違いされている。


(いや…………………………本当に勘違いか?)


 胸に手を当てて考えてみた。


 もともと、僕は萌音が好きだった。

 何年も続いた初恋で。

 彼女にモテたくて、それまでの生き方を否定し、真面目になろうとした。


 迷走した僕は大切な幼なじみを遠ざけてしまったが。

 彼女は僕を見捨てないでいて。

 神楽坂さんに全否定されたときに支えてくれた。


 萌音には恩を感じているし、抱きしめられて胸が高鳴った。

 その気持ちは感謝なのか、恋愛なのか?


 正直、わからない。

 萌音を幼なじみとして好きなのは間違いないけれど。


 一方、近藤さんは。

 僕はカノジョ候補という自分勝手な理由で近づいた。

 なのに、僕には心を開いてくれている。


 不器用で必死な彼女の態度には好感を持っていて。

 人として好きな子である。


 友だちとしての好きなのか、恋愛なのか?


(うーん、わけがわからなくなった)


「あんた、私にコクっておいて、1ヶ月もしないうちに2人も女子をはべらせてんの」

「は、はあ」

「ありえないっての」


 頭が混乱していて、神楽坂さんに怒られてもダメージにならない。


「つか、2人を同時に好きになるって、どゆこと?」


(やっぱ、僕は二股野郎なんだぁ)


 神楽坂さんの目にもそう見えているのなら、僕はふたりとも好きなんだろう。

 受け入れかけたとき。


「あらあら」


 萌音が割り込んできた。しばらくは、「あらあら」すら控えていたのに。


「怜奈さんは貫之くんが自分だけを見てくれなくて、気に食わないのね?」

「うっ」


 萌音の予想外の言葉を受け、神楽坂さんはバツが悪そうにした。


「根拠は?」

「あたし、いろんな女の子から恋愛相談をされるの。怜奈さんの発言を聞いていると、嫉妬してる子の反応なのよね」

「そ、そうなの⁉」


 神楽坂さんは目を見開いていた。


 正直、根拠というには弱い気もする。

 クラスのママが自信満々に胸を張って断言しているのが大きいのだろう。話す内容よりも態度。師匠が身をもって教えてくれた。


「怜奈さん、貫之くんを振っておいて、貫之くんがモテるようになったのも悔しいのよね」

「うぐぅぅ」


 萌音がライオンだとすれば、神楽坂さんは子猫。圧倒的な王者の風格で、押している。


「だって、しょうがないじゃない」


 追い詰められた神楽坂さんが開き直った。


「私、家のこともあるし、高校を出るまでは恋人を作るつもりはないの」


 最初から僕は無謀な戦いに挑んでいたらしい。


「でも、好きって言ってくれて、うれしかったの」

「マジですか?」

「そうよ。私を認めてくれたってことだし」


 予想外だった。あの告白は、完全に迷惑しているようだったし。


「神楽坂さん、かわいいし、面倒見もいいから、モテるんじゃないの?」

「告白は何度もされたわ。でもさ」


 神楽坂さんはため息を吐く。


「私を好きっていうのはうれしいけどね、本気さがないっていうか」

「どういうことだ?」

「『顔がかわいい』とか、『優しくされて好きになった』とか、挙げ句の果てに『ロリ巨乳が最高』まで言われて」

「う、うん」


 まあ、男子の言いたいこともわかる。


「本気で私が好きだったら、私のためになにができるか、プレゼンすべきでしょ?」

「そうだな」


 激しく同意した。

 好きな相手を幸せにするために、自分はどんな行動をするのか?

 僕も訴えたいところだ。


「でも、あんたは言ってくれた」

「へっ?」

「『将来、僕は絶対に大企業に就職して、神楽坂さんにふさわしい男になります』って言ったじゃない?」

「そうだったな」


 今にして思うと、痛々しい。


「あんたは本気だった。私に本気で告白してくれた。そうでしょ?」

「ああ、あのときはマジだったな」

「初めてで………………うれしかったんだから」


 最後の方が小声だったが、ばっちり聞こえた。

 1ヶ月前の僕だったら、神楽坂さんをますます好きになっていただろう。


「だったら、なんで僕を振ったんだ?」

「さっきも言ったけど、誰とも付き合う気ないし」

「なら、仕方がないな」

「あんた、ずいぶん、割り切れてるのね?」

「あんだけ、こっぴどいことを言われたんだ。恋心も失せるよ」


 萌音が神楽坂さんを見て、意味ありげに微笑む。


「貫之くんを諦めさせようとして、ひどいことを言ったのね」

「うっ」


 さすが、お姉さんの眼力。完全にお見通しといった感じである。


「だって、あんた、バカ真面目だし、何ヶ月も私を好きなままで引きずってるかもじゃん。学級委員の仕事に支障がでるかもだし、仕方ないじゃん」


 学級委員うんぬんはとってつけた理由だろう。今日まで気まずかったし。

 もしかしたら、僕が早く新しい恋を見つけられるよう考えていたのかも。


「委員長、ツンデレでしゅ」

「なっ」


 ここまで黙っていた近藤さんが指摘すると、神楽坂さんは真っ赤になった。


「神楽坂さん、僕のことが好きだけど、家の事情で諦めたの?」

「そんなことあるかい!」


 怒られてしまった。


「他の男子とちがくて……す、す、少しだけ好きだったかもだけど」


 もじもじしている神楽坂さんもかわいい。


「真面目すぎなあんたに引いてたのは事実なんだからねっ!」

「あっ、はい」

「なのに、あんたったら、今は他の女に手を出してるじゃん。私だけを見てほしかったのに…………あっ」


 神楽坂さんは慌てて口を押さえた。


「今のなし。別に、あんたに嫉妬なんかしてないんだからぁ」


 涙目になると、そのまま走っていった。

 追いかけようと思ったが、意外と足が速い。すでに神社の敷地を出ていった後だった。


 萌音が僕の耳元に顔を寄せてきて。


「貫之くん、目標は達成ね」

「……いちおう」


 空を見上げる。曇っていたはずなのに、いつのまにか晴れていた。

 秋の天気は複雑だ。

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