エピローグ

第38話 勉強会

 よく晴れた、10月の土曜日。

 雲一つない空。遊びに行くには最高の日かもしれないが。


「どうして、勉強しないといけないんでしゅかぁ」


 数学を勉強中の近藤さんが泣きそうな顔をしている。


 今日は萌音の家で勉強会をしていた。

 朝10時から始めて、今は11時すぎ。1時間で近藤さんが疲れ切っている。


「中間テストは来週だからね」

「うぅっ、テストなんて知らない子でしゅ」

「……僕たちは学生なんだから、勉強が仕事なんだよ」

「ひゃう、大空しゃんがいじめるでしゅ」


 そう言って、隣に座る僕の胸をポカポカと叩く。

 力が弱すぎて、むしろくすぐったい。


 萌音の家のリビングはフローラルな香りもするし、変な気分になる。

 さらには。


「あらあら、結月さん、お疲れですね」

「ぐがっ、肩に爆乳が乗っかってましゅ!」


 席を外していた萌音が後ろからやってきて、近藤さんの肩に胸を置いていた。

 手は近藤さんの後頭部で。


「お姉ちゃんが脳の疲れをとるマッサージするね」

「しゅごい!」


 近藤さんが叫んでいた。


「頭が適度な強さで押されて気持ちいいだけじゃなく……肩までおっぱいの重みで楽になるなんて」


 横目で見ると、萌音の双丘が近藤さんの肩に押されて形を変えていた。しかも、萌音は上下に動いている。揺れも半端ない。


「これが爆乳の戦闘力なのか……」


 感動した近藤さんは。


「回復ちましたが、欲望がおさえきれましぇん」


 目が血走っていて。


「はぁあぁぁぁんんんんんんんんんんんんんっっっ‼」


 ピクッと全身を震わせた後、一気に力が抜けたらしい。テーブルに突っ伏す。


「近藤さん、大丈夫?」


 肩を揺らしたときに表情が見えた。白目をむいて、よだれが垂れている。


「萌音、なにをしたんだ?」

「なにって、マッサージだよ」

「大丈夫なのか?」

「うん、お母さんにもやってるから」

「なら、安心だな」


 萌音の母親は看護師だ。医療的に危ない行為は止めるはず。


「5分もしたら、目を覚ますわ。そのときに、モチベーションは3倍になってるから」


 謎の断言。


「貫之くんにもするね」

「いや、待て」


 待ったをかけるが、遅かった。

 すでに、肩に至福に満ちた重りが乗った後だった。


「お願いします」

「いつもがんばってる貫之くんのために開発したんだよ。お姉ちゃんのすべてを捧げるね」


 頭は手の温かさと適度な刺激で、脳の疲れが取れ。

 肩は脂肪の感触と爆乳の重力で、えもいわれぬ幸せを感じて。


 近藤さんが昇天したのも納得できる。


 すべてを投げ出して、快楽に身をゆだねたくなる。

 こうしていると、いろいろなものがくだらなく思えてきた。


 真面目に勉強するとか、きちんとした生活態度とか。

 複数の人を好きになったりとか、性欲を感じたりとか。


 そんなことを考えて、僕は目標を達成しようと取り組んできた。悩んできた。


 けれど、圧倒的な幸せを前にすると、悩みが小さく感じられるのだから不思議だ。


「つらたん、お姉ちゃんのおっぱいパワーはすごいでしょ」

「……すごいですね」


 煩悩から解き放ったのだから。煩悩の使い方が間違ってる気もするが、放置。


「つらたんが真面目にやってきたご褒美なんだよ」

「真面目を否定されて、真面目をやめようと思ったけど、やめなくてよかったなぁ」


 けっして、おっぱいのためだからではない。


「真面目で損したこともあれば、得したこともある。そう気づけたんだよな」


 女子に引かれていたのが損で、萌音に癒やされ近藤さんに懐かれているのが得だ。


「お姉ちゃん、つらたんを全肯定しちゃいます」


 萌音の声が聞こえる位置が上下左右する。動いているらしい。ばいんばいんと弾む肉の塊が、首や肩を叩いてくる。肩叩きならぬ、乳叩きだ。しゅごい。


「うわっ、大空しゃん、すっごく気持ちよさそうでしゅ」


 気づけば、5分が経っていたらしい。近藤さんが復活していた。


「わたしもエネルギーがありあまってますが、ムラムラして勉強できそうにありましぇん」


 マッサージの意味がなかった。


「だから、こうしちゃいましゅ」

「うわっ!」


 思わず叫んでしまった。

 近藤さんが横から僕の腕に抱きついてきたのだから。

 10月も中旬になり、秋服になっている。それでも、女子特有の柔らかさはある。近藤さんも普通に大きいし。


(僕、どっちが好きなんだろ?)


 最近、頭を悩ませている問題だった。

 気持ちに正直になるならば、どちらかを選べなくて。


 ただ、両方をキープするとかは、真面目に生きたい僕の価値観に反する。


 なお、ハーレムについては非常に微妙だと思っている。

 現代日本の価値観に照らせば、複数の恋人を持つのは忌避される。しかし、本人たちが納得しているなら、他人がとやかく言う問題ではない。法律に反していないかぎりは。


 本当に真剣にふたりを愛せて、彼女たちも望んでいるなら可能性は0ではなくて。

 そもそも、ふたりが僕に告白していない以上、妄想なんだけど。


「あんたたち、なに」


 とつぜん、後ろから話しかけられて、意識が現実に戻った。

 振り返ると、金髪の鬼がいた。


「神楽坂さん、いらっしゃい」

「あんた、しれっと言えるなんて、面の皮が厚すぎるわね」

「いや、挨拶はしないとだし」

「真面目かっ!」


 神楽坂さんはおかんむりだった。


「勉強会に呼ばれて来てみれば、チャイムを押しても反応はないし」


 じつは、神楽坂さんも呼んでいた。

 わだかまりはあったけれど、悪い子でないとわかった。できれば和解したいと思っている。


 家事が終わったら参加するとのことだったら、タイミングが最悪すぎた。


「ドアも開いてたし、中から話し声もした。だから、お邪魔させてもらったら、エッチの勉強会をしてるじゃん」

「休憩中でして」

「そうなのよ。お姉ちゃんが疲労回復のマッサージをしてたの」

「そうマッサージしてたのね。それだけの爆乳だったら、マッサージになるのかよ」


 神楽坂さんは自分の胸に手を当てて、悲しい顔をしていた。


「神楽坂さんも体格が小さい分、立派に大きいと思うぞ」

「変態っ!」


 失言だった。真面目に慰めようと思ったのだが、セクハラだった。


「っていうか、あんた……私のでもマッサージになるのかな?」


 神楽坂さんは頬を染めていた。


「デレいただきましたでしゅ」


 近藤さんがスマホのカメラで、神楽坂を撮った。


「玲奈さんも乙女なのねえ」


 萌音は僕から離れると、冷蔵庫に行く。オレンジジュースが入ったコップを持ってきて、神楽坂さんの前に置く。


「玲奈さん、家事で疲れたでしょう。あたし、マッサージするね」

「い、いや」

「するね」


 神楽坂さんの返事を聞く前に、例のマッサージを始めてしまった。


「こ、これは……」


 数分後。


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんん❤︎ ❤︎ ❤︎ ❤︎ ❤︎ ❤︎ ❤︎」


 神楽坂さんも天に召されたようだ。

 きっちり5分ご。神楽坂さんは復活し。


「元気になったし、さっそく勉強するわよ」

「そうだな。勉強しまくるぞ」

「あんたには絶対に負けないんだから」

「あっ、近藤さん、わからないところがあったら言ってね。僕が教えるから」

「なっ」


 神楽坂さんが睨んできた。


「私なんか勝負にならないってわけ?」

「いや。近藤さん苦戦してそうだったし、困ってる子は放っておけないって」

「そうねえ。なら、私を頼りなさい。学級委員としての責任もあるもん」


 やたらと競ってくる神楽坂さん。本当に根が真面目らしい。

 同族嫌悪で僕を嫌っているのかも。


 神楽坂さんとふたりで近藤さんの面倒を見る。

 僕の説明を聞いて、近藤さんは目をかがやかせる。


「先生よりわかりやすいでしゅ」

「さすが、貫之くん」

「あんた、やるじゃない」


 神楽坂さんにまで褒められたのは予想外だった。


「あんたは真面目だけど、別に真面目は悪くないし……むしろ、ちょっとだけいいかも」


 神楽坂さん、意味不明すぎる。


「デレ期がてぇてぇ」

「貫之くん、玲奈さんを付き合うのも賛成だからね」


 ただでさえ、悩んでいるというのに。


「僕はどうしたらいいんですかね」


 ため息まじりにつぶやくと。


「貫之くんにできるのは、ひとつだけよ」

「そうでしゅね」

「あんたは真面目に考えるしかできないんだし、もっと悩めばいいんだよ」


 神楽坂さんの言葉に、萌音と近藤さんがうなずいた。意見が一致したようだ。


「そうだな」


 僕には僕のキャラがある。

 できることをやっていこう。

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「真面目かっ!」と言われてフラれた僕が、真面目なままモテる話 白銀アクア @silvercup

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