第36話 似たもの同士

 どっちがバカ真面目か対決を続けること、約5分。


「ぜぇぜぇ」「はぁはぁ」


 僕と神楽坂さんは、ふたりとも肩で息をしていた。

 大きめの声を間髪入れずに言いまくっていたわけで、予想以上に体力を消耗していた。


「なんだっての⁉ もうムリなんだけど」

「それはこっちのセリフだぞ」


 お互い疲労困憊で、戦意を喪失。勝負は引き分けで終わったらしい。


「あらあら、ふたりともお疲れさまね」


 萌音は右手で僕の手を、左手で神楽坂さんの手をつかむ。萌音を真ん中に3人並んだ状態だ。


「拳と拳で語り合った後は仲直りと決まってるでしゅ」


 近藤さんは目をキラキラさせていた。しょうもない争いに巻き込んだというのに、嫌な顔もせずに付き合ってくれている。


「ねえ、根暗女。私とそいつが仲直りするわけないじゃん」

「近藤さん、気持ちはありがたいけど、少年マンガ展開は現実には……」


 近藤さんを傷つけるかと恐れていたが。


「ぷっ」


 なぜか近藤さんは噴き出した。


「どうしたの?」

「仲が悪いようにみえて、おふたりの息が揃ってましゅ」

「あらあら」


 萌音は初めて気づいたみたいに目を大きくする。わざとらしい。


「別に僕たちの息は合ってないよ」「こんな奴と気があうわけないじゃん」


 神楽坂さんと顔を見合わせてしまった。


「たまたまだよ」「偶然だもん」

「ぷっ」

「あらあら」


 猛烈に恥ずかしくなってきた。


「おふたりはそっくりさんなんでしゅね」

「あたしもそう思うわ」

「どういう意味だ?」「どういう意味よ?」


 またしても、被った。4度はさすがに多い。


「貫之くんと、怜奈さん。ふたりとも目的を持っていて、真面目になろうと行動しているわ」

「そうなんでしゅ」


 萌音の意見に近藤さんも同意する。


 言われてみれば、そうかもしれない。

 5分の戦いで気持ちがスッキリして、今なら冷静に受け止められる。


「そうかもな」

「な、なによ、あんたまで」


 神楽坂さんに睨まれた。


「僕は恋、神楽坂さんは家族のため。きっかけの動機は違うけど、目指す道は似ているなって思ってさ」

「似ているのは学級委員をしているのと、成績がトップなだけ」


 萌音から手を離した神楽坂さんは、僕の真正面に立つ。


「あんたみたいな不純な動機じゃないの。将来がかかってるんだからね!」

「ムキになって怒るのは、それだけ真剣に物事を考えてるからだろ」


 不本意だが、神楽坂さんの想いを知った今、彼女を受け入れたいと思っている。


「そうよ。あんたみたいなお気楽な理由じゃない。なのに、学年1位だなんて、ふざけんなっての」


 どうやら動機に問題がある僕に負けて、悔しいらしい。


「まあ、小4のバカガキが考えたことだしな。気づけば、真面目に生きるのが楽しくなってたというか」

「動機は関係ないっていうの?」

「ああ、そうだ」


 そこは譲れない。


「きっかけはなんであれ、僕は自分を変えて、真面目になった。そして、結果を出している」

「横断歩道で手をあげて渡る、バカ真面目なのに?」

「……最近、みんなに引かれる行動は控えてるぞ」

「たしかに、女子の人気も上がってるけどさ」


(よし!)


 心の中で叫んだ。

 神楽坂さんに僕がモテるようになったと認識させたわけで。


 当初の復讐は目的を達成したと言っていい。

 ぐぬぬと悔しがってはいない点が気になるが。


 それでも、僕が考える「ざまぁ」はこれでいいと思っている。

 相手をやり込める戦いは僕のキャラに合わない。ギャフンと言わせた方がスッキリするのだろうけど、仕方がない。


「まあ、神楽坂さんが怒るのもわかるけど、僕だって真剣に取り組んでるんだ。毎日、何時間も勉強して、コミュ力の特訓もやってるんだよね」


 あんまり努力をひけらかしたくないが、信じてもらうには自己開示が必要だ。


「貫之くん、本当にがんばってるのよ」

「大空しゃん、忙しいのに、わたしと友だちになってくれました」

「くっ」


 神楽坂さんは唇を噛みしめている。


「それに動機の良し悪しを問うのは、神楽坂さんにとっても都合が悪いと思うぞ」

「どういうことよ?」

「だって、神楽坂さん。いい子ちゃんな委員長を演じているけど、本当は腹黒でしょ?」

「わ、悪い?」


 僕は神楽坂さんの言葉を無視して、話を進める。


「動機は尊いかもしれないけど、第三者から見たら裏表が激しい人だよね?」

「……」

「クラスの人たちが神楽坂さんの本性を知ったら、どう思うかな?」


 神楽坂さんは目を伏せる。


「近藤さん、どう感じた?」


 今日初めて本性を知った近藤さんにクラスの代表になってもらおう。サンプルとしては少ないが、仕方がない。


「委員長。先生のお手伝いもされてますし、クラスのみんなが困ってたら助けてます。わたしが体育で周りに迷惑をかけたときもフォローしてくれまちたし」


 近藤さんは顔を上げて、神楽坂さんの顔を見つめて言う。


「だから、大空しゃんにきつい言葉を使ったときは、別人かと思いました。怖かったでしゅし、大好きな大空しゃんに厳しくて、わたし怒ってます。がっかりです」


 予想通りの答えが返ってきた。僕を大好き発言は想定外だったが。


「ってなわけで、みんな、動機は見てない」

「……たしかに、そうね」


 冷静に考えれば突っ込む箇所もありそうなのに、神楽坂さんは納得してくれた。


「動機が関係ないのであれば」


 だいぶ回り道になった。話を元に戻す。


「僕と神楽坂は似ている。不本意かもしれないけど」

「……そうね。悔しいけど、私もバカ真面目くんと同じね」


 風が吹いて、木の葉を揺らす。


「はあ」


 木々のざわめきとため息が重なる。それでも、聞こえるぐらい大きな嘆息だった。


「私、あんたをさんざんバカにしてたのに、似たもの同士だったのね」


 彼女は「あははは」と、自虐的な笑みを浮かべた。


「私、バカだったわ。あんたをからかって」


 謝罪を引き出せた。


 正直、微妙だと思う。だって、僕と神楽坂さんが似ているから、悪いと痛感しただけだから。僕たちが似たもの同士でなかったら、謝らなかったかもしれない。

 けれど、そこまで追及するのは僕のキャラではない。


「謝ってくれて、ありがとな」

「……でも、だからといって、横断歩道で手をあげるのはやめてほしいわね」

「そこ気にするんですね」


 スッキリしたからよしとしよう。

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