第35話 真面目かっ!

「もしかして、神楽坂さんも意図して真面目になったの?」


 神楽坂さんという人を知るきっかけになればと思って、聞いてみた。


 別に未練があるとかではない。

『相手を知り己を知れば百戦危うからず』という言葉もあるように、相手の情報を得ておきたい。たとえ、復讐の対象であっても。


「つか、私が内申書のために真面目をやってる。あんたを振ったときに言ったと思うんだけど」


 冷たくあしらわれてしまった。


「ふぇっ、大空しゃん、委員長がしゅきなんでしゅか」

「近藤さん、もう終わったことなんだ」

「Aさん一筋と思わせておいて……やっぱり幼なじみだからフラグは立たないんでしゅね」


 近藤さんの指摘ももっともだ。

 萌音に好かれるために真面目になったのに。何年も萌音から離れている間に、恋心も薄れてしまった。

 以前の僕は自分に酔っていたのかもしれない。


 完全に目的と手段が逆転している。


「ていうか、いまは私の話をしてんの」

「あらあら、怜奈さん」


 萌音が神楽坂さんの髪を撫で始めた。

 ふたりの胸と胸が重なり合う。


「うわっ、おっぱい、すごっ!」


 神楽坂さんの鼻息が荒い。やはり、おっぱいは人を幸せにするようだ。


「私の妹、あんたたちも見たでしょ」

「かわいい子ね」

「神楽坂さんに雰囲気似てるな」

「クソ真面目野郎。私が幼いって言いたいの⁉」


 なぜか怒られた。


「そんなこと言ってないんだけど」

「いい? 妹は4つも下なのよ」


 神楽坂さんの怒りポイントがわかった。


(神楽坂さん、中1か中2にしか見えないもんな)


「そ、そうですね」

「わかればいいのよ」


 神楽坂さんは鼻をならした後、急にうつむいた。


「うちさ、離婚してて。私と妹はママに引き取られたの」


 急に重たい話題になった。

 デリケートな話なので、気を引き締める。


「父の浮気が原因だったから、養育費はもらってる。でもさ」

「う、うん」

「ママも働かないと食べていけなくて。けっして、生活は楽じゃないの」


 意外だった。

 神楽坂さんといえば、学校では気の利く学級委員で、裏では僕に厳しく当たる人。どちらの彼女も苦労している様子はない。


「ママ、仕事だけで大変なの。だから、私が家事と妹の世話をしてるってわけ」


 神楽坂さん、真面目をバカにしているけど。


(自分も真面目なんじゃん)


 突っ込みたいというより、うれしかった。完全な演技で真面目な学級委員を演じているとしたら、そっちの方が悲しかった。


「私さ、ママを楽にしてあげたい。将来、たっぷりお金を稼いで」

「怜奈さん、いい子、いい子」

「……委員長、ぐっしゅん」


 萌音と近藤さんの反応につられて。


「やっぱ、神楽坂さん、真面目だよな」


 つい口走ってしまった。思いっきり、睨まれた。


「でも、大学に行くとなると、お金はかかる。パパからその分の養育費がもらえればいいけど、あんまり期待はできないし」


 神楽坂さんは空をあおぐ。

 風が吹いてきて、木の葉を揺らす。さびれた神社に、哀愁を誘う音が鳴った。


「だから、私は良い条件の奨学金がほしい。そのためには、品行方正で成績もよくないといけない」


 神楽坂さんは、またしても僕を睨んだ。


「なのに、どっかのくそ真面目くんが学年1位。私だって、必死に勉強してるのに、逆立ちしても勝てそうにない」


 成績でも怒りを買っていたらしい。


「怜奈さん、たしか、学園10位内だったわよね?」

「1学期の期末は2位だった」


 僕も関係しているので、なんと言葉をかければいいか。


「あらあら、がんばったのね」

「真面目くん、あんたなんなのよ?」


 萌音がなだめようとしたが、無視されたらしい。

 萌音の必殺技でも陥落しないとは、さすが、ラスボス。


「僕は暇さえあれば、勉強をしてるだけだよ」

「とかいって、手当たり次第、女と楽しんでるじゃない」

「……神楽坂さんのおかげで、バカ真面目な生き方を改めようと思ったんだ」


 考えをストレートに言う。下手に取りつくろっても、仕方がない。


「とにかく、私は真面目じゃないとダメなの。たとえ、建前であっても、印象が良くないとママに迷惑をかけちゃう」


 神楽坂さんの瞳に涙が浮いていた。


「内申点のためだったら、なんだってするわ」

「ふふ」


 つい笑みがこぼれてしまった。


「なんで、笑ってんのよ」

「本当に神楽坂さんは真面目だと思って」

「なんなのよ、さっきから」


 厳しい目を向けられたが、怯むつもりはない。


「母親思いなのが伝わってくるし。妹を大事にしているのも、妹さんの態度を見てればわかる。そのうえで、自分の進路にも本気で取り組んでいる」

「そうよ。なにが悪い?」

「いや、悪いってより、立派だと思ってさ」


 僕には厳しい神楽坂さん。

 彼女の動機を聞くまでは、たんなる復讐したい人だった。


「自分の目的のためには悪にもなるなんて、それだけ真面目なことでもあるだろ」

「なにがいいたいの?」

「真面目かっ!」


 別に挑発のつもりはない。

 思っていることを言っただけ。

 万が一、傷つけたのなら、後で徹底的に謝るまで。


「クソバカ真面目に言われたくないわよ」

「なら、神楽坂さんはバカクソバカ真面目だな」

「ふーん、クソバカクソバカ真面目」

「バカクソバカバカクソバカ真面目」


 完全に小学生レベルになってしまった。

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