第2章 特訓ほど好きなものはない

第6話 朝から元気

 強い日差しが窓からさす。9月も中旬だというのに、まるで真夏だ。


 眠い。

 やけに疲労を感じる。

 土曜日だし、もう少しだけこのまま。5分で絶対に起きようと決意する。


 寝返りを打つ。

 ラベンダーの香りがする。妙に落ち着く。


(あれ? 部屋に芳香剤なんてあったっけ?)


 異変はそれだけでなく。

 右手が妙に柔らかいものに当たっている。


(なんだ、これ?)


 とりあえず、手のひらでつかんでみる。

 片手で収まりきれないソレは、もっちりとしたみずみずしい弾力に満ちていた。


「ふぁぁんっ❤︎」


 なまめかしい声がすぐ近くから聞こえた。


「つらたん、お姉ちゃんのミルク、たっぷり飲むのでちゅよ。大きくなりまちょうね」


 次の瞬間、後頭部に人肌の温もりを感じていた。


(あっ!)


 思い出した。

 昨日、萌音が部屋に来て、そのまま寝てしまったんだった。


(マズい。かなりマズいぞ)


 まずは、現状を把握すべく、目を開けてみる。

 恐れていた光景が広がっていた。


 僕の手のひらは萌音の胸をガッチリ握っていた。

 萌音は萌音で僕の髪を撫でている。

 瞳を閉じたまま。


 さらには、パジャマがはだけていて、隙間からブラジャーがちらついていた。


「なんてこった」


 萌音の胸から手を離し、頭を抱える。


 昨日、母親に萌音が来ると伝えたとき。

『あなたなら萌音ちゃんを傷つけるような真似をしないと信じてるわ。期待を裏切らないでね』

 そう釘を刺されていたのに。


 気づけば同じベッドで寝ていて、思いっきりいけない箇所を触っていた。

 だいそれたことをしてしまった。僕はもうダメかもしれない。


 頭をぽかぽか殴っていたら。


「うーん、おはよー」


 幼なじみは無邪気な顔で目をこすっていた。


「つらたん、昨日は気持ちよかったね」

「……」

「ベッドの中でいっぱいがんばったね」

「……………………………………えっ?」


 もしかして、僕たち一線をこえてしまったのか。

 だとしたら、余計に取り返しがつかない。


「6年分お話できて、お姉ちゃん、気持ちよかったんだからねっ」

「えっ?」


 萌音は両腕をあげて、伸びをする。パジャマが上に引っ張られ、胸がプルンプルン。

 僕は目をそらして、言う。


「昨日、僕たちは話しただけ?」

「そ、そだよ。楽しかったね」


 最悪の事態は避けられたか。


「そういえば、今日から特訓が始まるんだよな?」

「つらたん、朝から元気ね」


 萌音の発言で気づいた。

 体の一部が元気になっていたことに。朝の生理現象にくわえ、あれだけ豊かなものに触れたんだ。男という生き物は業が深い。


 幸い、萌音の視線は僕の下半身に向いていない。不自然な態度もないし、バレていないようだ。


「けど、まずは朝食だな」


 話をそらした。


「そうね。でも、おばさんにあたしの分も用意してもらうの悪いし……」

「いや、今日、父さんはボランティアで、母さんは仕事だ。朝食は自分で用意するつもりだった」

「じゃあ、お姉ちゃんが作るね」


 そう言うと、萌音はパジャマのボタンに指をかける。


「な、なにをしてるんだ?」

「お料理の前に着替えようと思って」


 収まりかけていたのに、余計なことをしないでほしい。


「僕、顔を洗ってくるから」


 どうにか自室から脱出した。

 萌音がリビングに着たのを見計らってから自室に戻り、着替えをすませる。


 リビングに行くと、朝食がほぼできあがっていた。

 サラダとオニオンスープ、目玉焼きにフレンチトースト。それらの皿をテーブルに並べる姿はママにしか見えない。


 幼なじみはお姉さんなのか、ママなのか?


「朝ごはんまで作ってくれて、ありがとな」

「いつか貫之くんに手料理を食べてもらうの、夢だったんだからね」

「そ、その……今までは悪かった」


 寂しそうだったので、もう一度、謝る。


「謝罪の気持ちがあるなら、お姉ちゃんのお願いを聞いてもらえるかな?」

「お願い。できる範囲だけど、なんでもやるぞ」

「じゃあ、様子を見て、おねだりするからよろしく」


 萌音は意味ありげに微笑む。


(な、なにを要求してくるんだ?)


 覚悟だけはしておこう。


「つらたん、あーん」


 萌音は目玉焼きを箸できって、僕の方に差し出してくる。


「もう、子どもじゃないんだし」

「あたし、師匠なんですけど」

「そうですね」

「師匠命令です。おとなしく、あーんしてお姉ちゃんを喜ばせて」

「なんじゃそれ?」


 命令と言いつつ、自分の願望だった。


「貫之くんの練習でもあるんだよ」

「へっ?」

「仲のいい女の子ができたときに、彼女があーんしてくるかもしれないでしょ?」

「そうなのか?」

「女の子的には、好きな男子にしてみたいものなんだよ」


 そう言われれば反論できない。


「恥ずかしがって、あーんを拒否したら、女の子は傷つくと思うの」

「それは悪いな」


 僕はカノジョがほしいからといって、自分の欲望だけで生きたくない。相手を大事にしながら、自分の目標も達成したい。


「だから、お姉ちゃんにあーんされて、練習した方がいいの」


 そう来たか。


「練習をすると、どんな効果があるんだ?」

「普段から慣れておけば、いざ本番ってときに落ち着いていられるでしょ」

「たしかに、経験しておけば、焦る可能性は減るな」

「そうそう。そしたら、女の子に喜んでもらえる行動を冷静に取れるよ」

「納得した」


 昨日のファミレスに続き、あーんされる。

 萌音ですら恥ずかしいんだから、他の子だったら……?


 萌音の作戦の一理ある。

 半分以上は自分がしたいからだろうが。


 朝食を済ませると、すでに10時半近かった。


「萌音、今朝はゆっくりしすぎだ。ダラけた僕を殴ってくれ」

「……つらたん、真面目なところは好きだけど、極端な行動は女の子も引くよ」


 また、やってしまった。


「繰り返しになっちゃうけど、真面目な性格が悪いんじゃないの」

「……」

「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」

「言いたいことはわかった。やりすぎはダメってことだな」

「性格は変える必要はないけど、行動は変える。そしたら、引かれることもないよ」


 言っていることはわかる。


「今回の場合はどうすればいいんだ?」

「うーん、そうねぇ、朝寝坊したことを反省はするところまではいいと思うの。この人ちゃんとしてる人だなぁってわかるし」


 萌音は銀髪をかきあげて言う。


「でも、罰まではやりすぎだから、反省で終わらせておけばいいかな」

「言いたいことは理解できたが、癖だからなぁ」

「なら、お姉ちゃんの力で癖をなくしましょう!」


 胸を叩くお姉さん。


「真面目が暴走するたびに罰ゲームをしまーす」

「罰ゲームだと?」

「1回につき、お姉ちゃんに耳かきされるのです」


 まさかの内容だった。


「あっ、あたしにとってはご褒美だった。てへっ」


 むしろ、わざと暴走させるまである。他の男子だったら。


「恥ずかしいし、できるだけ気をつけるよ」

「お姉ちゃんにご褒美くれないのぉ!」


 萌音は肩を落とした。

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