第6章 裏の顔

第33話 女の子はわからない

「ここなら、邪魔はされなさそうね」


 都会の喧噪から隔絶された、静謐な空間に僕たちはいた。


 予期せず神楽坂さんと出会った後。

 神楽坂さんは、僕たちについてくるようにと命令する。

 断れる雰囲気はなく、神楽坂さんに従った。


 近藤さんには申し訳ないが、いずれは向かい合わないといけない相手。むしろ、良いチャンスかもしれない。

 あわよくば、『ざまぁ』にも持っていけるし。


 歩くこと15分強。だいぶ駅から離れた場所に神社があった。境内に到着したところだ。


 この辺り、やたらと寺社仏閣が多い。なかには、観光地化され、観光客でにぎわっている場所もある。

 一方、僕たちがいるのは目立たない神社だった。境内には、僕たち以外に誰もいない。


「神社にもカーストってあるのね」


 神楽坂さんがしみじみとつぶやく。なぜか、僕と近藤さんをジロジロ見ている。


(僕たちが底辺だと言いたいんだな)


 無駄に争いたくないので、放置しておく。


「あらあら、神社の世界も大変なのねぇ」


 萌音がお手本を見せてくれた。神楽坂さんの発言を無視するわけでもなく、かといって、角が立つようなことも言っていない。


「あらあら。じゃあ、ジンジャエールをお供えしないとね」


 萌音は途中の自動販売機でジンジャエールを何本か買っていた。僕がカバンに入れて、持ち運んでいた。


「神社を応援エールします。ジンジャエールだけに」


 お姉さんがギャグを放った。


「ぷっ」


 近藤さんが軽く噴いた。


「オタクに有名な神社があるんでしゅけど、アニメやVTuberとジンジャエールコラボしてまちた」

「あらあら」


 萌音さん、ネタ被りにも動じる気配がない。


「あんたたち」

「怜奈さんもジンジャエールを飲みます?」


 神楽坂さんが呆れ口調で言うと、萌音が1本差し出す。


「じゃあ、いただくわ……………………じゃない!」 


 神楽坂さんは受け取りつつも、我に返ったらしい。


「不純異性交遊するような穢らわしい連中から施しは受けないわ」

「あらあら」


 相手が激怒していても、我が幼なじみはどっしり構えている。


「じゃあ、貫之くん、2本飲んで」


 萌音にペットボトルを渡してくる。正直、2本はいらない。


「僕たちだけで飲むのも気が引けるし、神楽坂さんもどう?」

「……あんたが触ったのなんて、媚薬が入ってるかもしれないじゃない」

「口が開いてないか見てみる?」


 僕の発言を無視して、神楽坂さんは自分のバッグから水筒を取り出した。


「あんた、ランジェリーショップの紙袋を持ってるわよね」


 学級委員は、僕が持つ紙袋を睨んでいる。


「紙袋は2つ。私があんたたちを発見したとき、萌音さんと根暗女が持っていたわ。状況的に、3人で入ったとしか思えない。説明しなさいわよね」


 かなりムキになっているようだ。


「あらあら」


 いつものように萌音が必殺技で応じる。

 萌音に任せておけば安泰だろう。


 けれど……。


(このままでいいのか?)


 僕が望んで始めた計画だ。


 教わるのも、困った時のヘルプも、なにもかもを萌音にしてもらうのは違う気がする。


 僕もそれなりの努力をしてつもりだ。今までの成長については胸を持って誇れる。

 ただ、肝心な場面で頼りきりになっていたら、自分の力で成し遂げたとは言えなくて。


「萌音。それから、近藤さん。僕から説明してもいいかな?」


 話の流れで近藤さんの事情に触れる可能性もある。

 同意を求めると、ふたりとも首を縦に振った。


「僕たち、今日は近藤さんのイメチェンをしてたんだ」


 美容院に行ったことを打ち明ける。髪型も見れば、すぐにわかるし。


「僕は服を提案したんだけど、萌音から……」

「女子が自己肯定感をあげるには下着が大事なのよ」

「わたし、天海ママのご高説に感銘したでありましゅ」


 これで、3人で下着を買いに行った経緯は伝わったはず。


「だからって、真面目くんは男なのよ。ありえないわ」


 神楽坂さんは肩を怒らせる。


(僕もそう思います)


 選んだのは自分だし口には出さないが。


「結局、真面目くんは真面目の皮を被ったケダモノだったのね」


 神楽坂さんは深いため息を吐く。小柄な体に似合わない豊かな双丘が、上下に動く。


 ところで、神楽坂さんが荒ぶっている理由はなんだろうか?


 今の発言から察すると、『真面目な僕のイメージが崩れた』落胆に思えてくる。


 僕がコクったときには、真面目をバカにしていた。彼女にとって、真面目な態度は利益を得るためのもの。根っからの真面目は嘲笑する対象だった。


 さっきの反応だと、真面目を肯定的に捉えているかのように感じ取れる。


 女の子はわからない。

 神楽坂さんの気持ちを知りたいが、いきり立っているときに聞かれても答えないだろう。


「神楽坂さんの言うとおりだよ」


 だから、ターゲットを僕自身に向けた。


「僕は別に真面目じゃない」


 意外だったのか、目を見開く。


「萌音は知ってると思うが、子どもの頃はわんぱくなガキだった。宿題だって、ロクにしない時期もあったし」

「ふーん、そうなんだ」

「だから、僕が真面目の皮を被ったケダモノなのも本当なんだ」


 実際、真面目になろうと思ったのも、好きな女子に好かれたかったからだし。

 この面子で語るのは恥ずかしいが、仕方ない。


 これ以上、神楽坂さんと学校で気まずくなったら、学級委員の仕事にも差し障る恐れもある。


 僕は萌音を一瞥した後、深呼吸した。

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