第15話 誰と仲良くする?
月曜日の朝。今日も萌音と待ち合わせて、一緒に登校する。
腕を組んで歩くのにも慣れてきたから、不思議なものだ。
学校に近づく前に離れて、別々に教室へ向かう。
教室に着く。いつものように自室で予習をする。
数分後。近くでゴソゴソする音がした。
ふと顔を上げると、隣の席の近藤さんが座るところだった。
「おはよう」
挨拶をしてみる。
「……お、おはようごじゃいます」
オロオロと噛みまくりの近藤さん。
「ごめんね。驚かせちゃったみたいで」
「ひっ、ひえ。わ、わたしが悪いんです」
「えっ?」
「う、生まれてきて、しゅみましぇんでちた」
近藤さんは頭を下げまくる。
(そんなに謝んなくても……)
まるで、僕がいじめているみたいだ。
辺りを見回すと、神楽坂さんが笑顔でこっちを見ていた。殺気を感じる。
一方、萌音は、『つらたん、お姉ちゃん、応援してるからね』とでも言いたそうだ。同じ笑みでもメッセージが違いすぎる。
「とにかく、頭を上げてよ」
修行の成果を発揮せんとばかりに、穏やかな微笑を作ってみた。
「大空さん、優しいんですね」
近藤さんは顔を上げるが、僕と目を合わせようとしない。
「えっ、僕が?」
近藤さんと会話しながら、萌音との課題を思い浮かべていた。
特定のターゲットを決めて、積極的に話しかけていく。
それが僕に与えられたミッションだ。
誰を選ぶか?
一晩悩んでいたが、答えは出ていない。
こういう会話を通して、考えていこうか。話していて、楽しい人だったり、落ち着いたり、放っておけなかったり。そのときに感じた気持ちをメモっておこう。
「だって、わたしがどんくさくても、丁寧に接してくださいますから」
「どうせ、僕は真面目くんだしね」
自虐っぽく言うと。
「真面目な人、素敵だと思いましゅ」
近藤さんは僕の瞳を見つめて、言う。
「はぅぅっ、また噛んじゃいました」
「いや、近藤さんの温かい気持ちは伝わってきたよ」
彼女は自己肯定感が低くて、弱気な人だ。
けれど、ウソは吐けなさそうで、精一杯なのがよくわかる。
どこかの誰かさんみたいに上っ面だけの真面目とは真逆のタイプかもしれない。
「はわわ」
顔から湯気が出そうだった。
このあたりが限界かもしれない。
「じゃあ、読書の邪魔をしちゃ悪いから」
会話を終わらせる。
予習に戻ろうとしたときだった。
「大空委員長」
学級委員をやっていても、委員長呼びは慣れていない。
「どうしたの? なにか困ったことでも」
女子2人が僕の前に立っていた。
珍しい。こういうとき、女子の委員長である神楽坂さんに話しかける子が多いのに。
「困ったことじゃないんだけど……」
「委員長。髪型変えた?」
「あっ、うん。土曜日に切ったんだ」
仕事の話ではなかったらしい。
2週間前の僕だったら、つれない態度を取って会話を打ち切っていただろう。
表情の特訓にもならないし、新たな課題の件もある。
(いや、そうじゃない気がする)
なんというか、笑顔とか声とかも大事かもしれないが。
根本的に人と接するときにつまらなそうにしたくないというか。不誠実な態度でいたら、どこかで化けの皮がはがれそうだ。
昔の僕がキモいと思われていたのも納得できる。
(態度を改めないとな)
それなりの礼儀をもって、応じよう。
「髪、いい感じだよ」
「ありがとう」
褒められて、うれしい。素直に礼を述べておく。
「けど、委員長って感じじゃない。普通にイケメンじゃん」
「ちょっと、全世界の委員長に失礼だよ。イケメンの委員長がいないみたいじゃん」
「……ははは。委員長呼びは慣れてないけど、好きなように呼んでくれていいから」
「さすが、学年1位。他の男子より大人ね」
「じゃあ、委員長のあだ名は考えておく……あ、あだ名は微妙なんだっけか」
最近、あだ名を禁止しましょうという雰囲気がある。うちの学校では言われていないが。
もし、あだ名が禁止されたら……。
(『つらたん』はアウトだな)
萌音の嘆く姿が目に浮かんだ。
予鈴が鳴る。
女子2名は、「じゃあ、また」と言って、去っていく。
あまり話したことのない子と雑談ができて、楽しかった。
少し前ではありえないことだったので、びっくりだ。
髪型を変えて、笑顔の練習をしただけなのに。
計画は次の段階に進んでいる。
『楽しいで良かったです』で終わらせてはいけない。
2人と話したときの自分の感情をさらに深く考える。
(楽しかったんだよな)
でも、楽しいだけ。そこから先はなにもなかった。
近藤さんとの会話はもっとちがっていたのに。
(どういうことなんだろうか?)
放課後になるまでの間に、数人の女子と話した。
近藤さんのときのような気持ちは、一度も起こらなかった。
帰宅してから、急いで宿題と復習を済ませ。
課題のことで延々と悩む。
気づけば、萌音とのミーティングの時間になっていた。
PCを立ち上げようとしたら、スマホにLIMEが来た。
『今日、お父さんが学会でいなくて、お母さんも夜勤なの。あたしの家で話そう?』
なおさらダメな気がするが、言い出したらきかない人だ。
いちおう、父さんにおうかがいを立ててみた。
「おまえなら不埒な真似はしないだろう。萌音ちゃんによろしくな」
公務員の父さんも認めた僕の安全性。
言えない。いつも我慢しているだなんて。
期待を裏切らないように。
そう言い聞かせた数分後。萌音の家のチャイムを鳴らしたときに、大事件が起きた。
「貫之くん、待ってたよぉ」
「……萌音、なんて格好してんだ?」
「お風呂から出たばかりだから、バスタオルを巻いてるの」
頭がクラクラしてきた。
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