第16話 最初の動機はどうでもいい

「萌音さん、念のための確認だけど」


 萌音の家の玄関口にて。バスタオル姿で僕を出迎えた彼女に言ってみる。


「バスタオルの下に服を着てるよね?」

「ううん、お風呂から出たばかりだから、裸よ」

「……ですよね」


 肩がすべて露出しているので、服はおろかブラジャーも身に着けてないのはたしかで。


 下は下で、太ももがまぶしいほど見えている。パンツをはいているか確認はできない。


「パンツもはいてないからね」


 ここまで潔い格好だと、パンツの有無は些細なことだ。世の中的には、はいてる/はいてないは大事な問題なんだけど。


「わざわざ、僕を呼び出しておいて、着替えもしてないなんて……」

「本当は一緒にお風呂に入りたかったんだよ」


 爆弾発言を無視して、玄関に入る。


 夜9時前。母さんが帰ってきてもおかしくない時間だ。通りがかりに見つかったら、さすがにまずい。


「小学生の頃は一緒に入ってたでしょ?」

「けどさ」

「弟との入浴は全姉の願いなんだもん」


 肌と白いバスタオルしか見えなくて、視線のやり場に困る。とくに、谷間のラインがくっきりで、危ない。


 こんな状態で、例の件を話したら……。


(エロ幼なじみにすべてを持って行かれるな⁉)


 幼なじみは僕に協力するフリをして、色仕掛けで僕を惑わせようとする説もある?

 萌音の性格的にありえないのはわかっているが。


「服を着なかったら、帰るから」

「……あらあら、つらたん、かわいいんだから」


 苦笑いをしつつも、「あらあら」に持っていくのは、強メンタルかもしれない。


 数分後。ネグリジェ姿の幼なじみと一緒に、彼女の部屋にいた。

 フリルのおかげで、はっきりと下着が透けているわけではない。それでも、刺激がすごい。


「どうして、ネグリジェなんですかね?」

「あらあら。つらたん、お姉ちゃんにドキドキしちゃった?」

「幼なじみとはいえ、萌音はかわいいんだ。男を刺激するのは、危険だぞ」


 エロい体をしているとは言わない。


「お姉ちゃんを心配してくれてるのね、えへへ」


 話が進まないので、聞き流す。


「例の件なんだが」

「いろんな女子とお話できて、えらい、えらい」


 萌音が頭を撫でてくる。風呂上がりの香りに、扇情的な格好をしているせいで、鼓動の高鳴りが激しかった。


「ご褒美で、バスタオルとネグリジェになってみました」

「……」

「こほん」


 萌音は咳払いをすると。


「で、どう? 気に入った子はいた?」

「それなんだが」


 言葉に詰まる。


「ごめん。なんというか、相手に不誠実な気がして」

「どういうこと?」

「僕の自分勝手な復讐心で、女の子に近づいて、あわよくばカノジョにしたいってことだろ?」

「ええ。そうかもしれないわね」

「相手からしてみたら、『冗談じゃない』って話だし、本当にしていいのかな?」


 さんざん悩んで出した結論。協力を仰いでおいて、萌音には申し訳ない気もする。

 なのに、幼なじみはぱぁっと全顔で喜びを表現した。


「貫之くん、優しくて、お姉ちゃん見直しちゃった」


 予想外だった。


「自分の欲求だけじゃなくて、相手の気持ちも考えられるんだもん」

「けど、せっかく萌音が時間を割いてくれたのに」

「あたしの立場も思いやれるし……いい子、いい子」


 なにを言っても肯定してくれるお姉さんだ。同じ年だけど。


「ところで、不純な動機で女の子に話しかけたとするね」

「うん」

「そしたら、その子には優しくできないのかな?」

「あっ」


 萌音の質問で気づいた。真正面から誤りを指摘せずに、質問で考えさせてくるから尊敬できる。


「べつに、優しくできるな。相手を思いやって、嫌なことをしなければいい」

「そういうこと」

「ただし、世の中には優しく振る舞って、女の子を信じさせておいて、ひどいことをする奴もいる。そういうのは論外だが」


 萌音が首を縦に振る。


「あたしたちの作戦って、マッチングアプリとなにがちがうのかな?」

「それだな」


 恋人がほしくて、マッチングアプリに登録する。メッセージをやり取りして、相性が合うと思ったら、会ってみて。さらに、その先も。

 幸せになっている人はゼロではないはず。


 最初の動機は恋人がほしい。けれど、場合によっては、本物になる可能性もある。


「つまり、話しているうちに本気になれば関係ないってことだな?」

「うん。それでも、不純な動機が許せないんだったら、貫之くんの気持ちを尊重するよ」


 以前の僕だったら、計画の欠陥に気づいた時点で撤退していた。そんなのは真面目じゃないからだ。


 融通がきかないバカ真面目だったから、神楽坂さんにあそこまでディスられたわけで。


 けれど、今の僕は真面目キャラになりたい。

 真面目さを大事にしながらも、柔軟な対応をするのが理想的だと思っている。


 それに、提案しているのが、萌音だ。僕が嫌がるようなことはしない。僕だけを優先して、女の子を傷つけもしないはず。みんなのお姉さんだし。


「わかった。女の子に不誠実な態度を取ったら、僕をなじってくれ」

「……なじらないけど、貫之くんが気づけるようにするわね」


 萌音が協力者でよかった。


「それで、誰なの?」

「えーと」


 深呼吸をしてから。


「近藤さんなんだけど」


 いちばん気になっている子の名前を告げた。


「あらあら。お姉ちゃんの勘は当たってたわ」


 そういえば、今日、僕と近藤さんが話しているのを見て、意味ありげな顔をしていた。


「そうなの?」

「彼女なら相手に偏見を持っていないし、貫之くんを受け入れてくれそうだなって」

「ああ。僕もそう思って、近藤さんと友だちになりたいんだ」


 現時点ではカノジョにしたいとは考えていない。


 きっかけはどうあれ、近藤さんの人柄に興味をもって、近づきたいと思っている。

 動機に後ろめたさがある分、慎重に行動しなければ。


「そうしたら、明日からの作戦を話し合おうねっ」

「お願いします」


 それから、先生に恋愛心理学を教わった。ためになる。

 明日から実践しよう。


 萌音の家を出たときには夜10時近くになっていた。

 ちょうど残業帰りの母さんと出くわす。変なことをしなかったら聞かれて、一瞬だけ答えにつまったのは内緒だ。

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