第2話 幼なじみの胸(巨大)を借りる

「真面目の何が悪いんだっての」

「貫之くん、全否定されて、つらい、つらい」


 お姉さん系幼なじみが頭を撫でてきた。


 川の香りに混じって、穏やかな彼女の芳香が鼻孔をくすぐる。


 放課後。学校の裏庭で失恋した後、僕は萌音に連れられて河川敷へ。


 河川敷には区立公園やスポーツセンターがある。幼い頃、萌音と一緒によく訪れたものだ。

 公園のベンチに僕たちは腰かけていた。


 懐かしい風景が、折れた心に少しだけ優しい。


「つらたんが、つらたんですよ」


 萌音がクスリと笑う。

 彼女の微笑は紛い物なんかではなく、気遣いが染み込んでくる。


「まさか自分のあだ名がネットスラングになるとはなぁ」


『つらたん』は『つらい』を意味するネットスラング。


「11年前に、『つらたん』と呼んだあたし、さすがお姉ちゃんでしょ?」


 一方、『つらたん』は萌音が幼い頃、『貫之つらゆき』が言えなくて、『つらたん』と呼んでいた。


 なので、「つらたんが、つらたんですよ」なわけだ。


「お姉ちゃんは関係ないだろ?」

「さあ、つらたん、お姉ちゃんの胸を貸してあげるから、また泣いていいんだよ」

「4歳からの付き合いとはいえ、今はアカンだろ」

「35分前にあたしの胸で泣いてたのは、誰だっけ?」


 萌音は下から胸をすくい上げる。


(うわっ、デカっ!)


 あんな物体にダイブしたんだ。極楽だった。


「萌音って、本当に良い奴だよなぁ」

「へっ?」

「だって、僕、萌音を避けてるだろ? なのに、こんなに優しくしてくれて」

「ぷふっ」


 萌音は口を押さえる。笑いは隠せていない。


「貫之くん、本当に真面目なんだから。あたしを避けてること普通は言わないよ」

「うぐっ、ごめんなさい」


 僕だって萌音を避けたいとは思っていない。むしろ……。


「こういうのが神楽坂さんにフラれた原因なんだろうな」


 幼なじみに抱く気持ちから目をそらした。

 ちなみに、失恋シーンは萌音に話している。


「失敗の直後に反省会を始めるのが、つらたんらしいよ」

「神楽坂さんの本性を知って、彼女へ想いはさめたと思うんだ」

「うんうん」


 萌音が大きくうなずく。話を聞いてくれている安心感がハンパない。


「けど、失恋のモヤモヤは晴れなくて、胸をかきむしりたくなるというか」

「つらたん、心にダメージを負ったの。すぐには回復できないよ」


 幼なじみはニッコリと微笑むと、琥珀色の瞳を僕に向けてくる。


「だから、少しでも楽になるように、あたしが癒やしてあげる」

「僕、何年も萌音にひどいことをしてたんだよ」


 6年間近くも、できるだけ僕から萌音に話しかけないようにしていた。彼女の悲しそうな目に罪悪感を覚えたが、僕は彼女から逃げてしまった。


「そんなの関係ないよ」

「萌音?」

「だって、あたし、お姉ちゃんだもん」


 迷いもなく言い切る。

 まぶしい笑顔に見とれてしまった。


「傷ついた人は、お姉ちゃんに癒やされていればいいんです」


 萌音の手が僕の耳に当たる。


 次の瞬間には、後頭部がもっちりしたものの上に置かれていて。

 視線の先には空と、2つの山が広がっていた。


 膝枕をされているらしい。

 というか、萌音さんの顔が見えないのは、彼女の胸が原因?

 それだけでも、驚愕するのに。


 ――むにゅ。


 なにかが顔の上に乗っかった。

 この弾力は味わったばかり。もしや?


「つらたんの顔を枕にしたら、胸が楽になった」

「……」

「つらたんは良い枕になれまちゅね」


 膝と胸に挟まれた状態に。


(こんなに幸せなサンドイッチが世の中に存在するんだなぁ)


 不本意ながら、HPゲージが猛烈な勢いで回復していく。

 さらには。


「ふっふー」


 お姉さん、僕の耳元に息を吹きかける。


「こういうの、ASMRって言うんだってね」


 背筋がゾクリとする。快感がすごくて、語彙力がなくなってくる。


「どうかな?」

「……元気が出てきました」

「あらあら、つらたんも男の子でちゅね」

「ぐがっ!」


 もしかして、気づかれた?

 僕の男子が元気になっているのが。

 おっぱいで何も見えなくて、萌音の表情が確認できない。


「僕は元気だから、そろそろ膝枕はやめてくれないか?」


 幸い、萌音はすぐに言うことを聞いてくれた。とくに、恥ずかしがっている様子はなかったので、セーフだったか。


「萌音、ありがとな」


 陽も傾き、川が朱に染まっていた。

 もう夕方だし、萌音を早く帰したい。


「僕はもう大丈夫」

「本当に?」

「ああ」

「貫之くん、『真面目の何が悪い』って、思ってたのは解決したの?」

「うぐっ」


 痛いところを突かれた。


「あたし、つらたんの力になりたい」

「で、でも」

「ダメかな?」


 上目遣いで見つめられたら断れない。

 なお、僕の呼び方が安定しないのは、気にしない。


「じゃあ、失恋の反省会をしたいから、女子の立場で教えてくれるかな」

「もちろん。お姉ちゃんはつらたんの味方だもん」


 子どもっぽい言い方はお姉さんらしくない。

 けれども、彼女からあふれ出る優しさにはオーラがあった。心のすべてを晒し出せる安心感があるというか。


「なら、まずは謝罪させてほしい」

「なにを?」

「萌音から逃げていたことだ」

「気にしていないって言ったでしょ?」


 本当に優しすぎて、女神だと思えてくる。


「これからは態度を改める。だから、もう一度、僕と幼なじみをやり直してほしい」

「ぷふっ。貫之くんは几帳面なんだから」


 萌音はニッコリと微笑むと。


「あたし、不甲斐ないお姉さんですが、よろしくお願いします」


 僕に頭を下げてきた。

 バカなのは僕の方なのに、神すぎる。

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