第3話 真面目な人が好き
「やっぱ、真面目はダメなのかな?」
「ううん、あたしは真面目な人……いいと思うよ」
4歳から知っている幼なじみの言葉に不覚にもドキリとさせられてしまった。
失恋の直後に優しくされてときめいたのか、それとも……。いや、なんでもない。
「やっぱ、萌音は萌音だな」
「うん、お姉ちゃんですよ〜」
萌音が頭を撫でてくる。
のほほんとした雰囲気で『あらあら』と言うのに加え。
「お姉ちゃんに弱音を吐きなさーい」
大人以上に成熟した胸を叩く。
そんな母性あふれる行動のせいか、萌音は教室でもお姉さん扱いされている。一部、『1年3組のママ』と呼ぶ勢力も存在するぐらいだ。
「萌音が例外なだけでさ、世の中的には真面目は評価されないんだよな?」
「ううん、あたしは真面目な人好きだよ」
心臓が跳ね上がりそうになった。
「世間の話をしてるんだけど」
僕は慌てて気持ちを誤魔化した。
「僕のことを考えてくれるなら、忌憚のない意見を聞かせてほしい」
「……たしかに、真面目な男子は……恋愛対象外って……女子は多いかもね」
僕に気を遣ったのか、萌音は途切れ途切れ言う。
「あたし、よく恋愛相談されるけど、かっこいい人と楽しい人がモテるからね」
「やっぱ、そうだよな」
わかっていても、現実が切ない。
「若い女子が恋を楽しむときの話なんだけどね」
「えっ?」
「学生のうちって、恋愛をしてみたいの。恋に恋する乙女は滅多にいなくても、女の子は恋に憧れる生き物だから」
萌音も恋に憧れているのだろうか?
いや、もしかして、好きな人がいたり?
幼なじみの恋愛事情を考えたら、胸が痛くなった。
僕にどうこう言う資格はないというのに。
「でもね、乙女も大人になっていくうちに現実は見えてくるの」
「現実?」
「かっこいい人が仕事で成功するとは限らないし、浮気も心配。楽しい人も結婚したら、どうなるかわからない」
「う、うん」
「だから、真面目な人は結婚相手としては優秀なの。仕事はきちんとするし、浮気の心配も少ないし」
僕を励まそうとしてくれているのは伝わってくる。
「僕って優良物件だったんだな」
「うん、つらたんの努力、つらたんが話してくれなくても、全部お見通しなんだから」
「……」
「お姉ちゃんの目は誤魔化せないんだからねっ」
えへんと豊かな胸をそらす。彼女の銀髪に夕陽が注ぐ。
綺麗すぎて、永遠に眺めていたくなる。
「けどさ」
恥ずかしくて、目をそらした。
肝心なところで、僕は真面目になれない。
それは、僕が紛い物だから。
「恋に憧れているのは女子高生だけじゃないんだ」
「そうだね。友だちから彼氏との話をされるし」
萌音は頬を赤らめる。
男子に性欲は標準インストールされている。
真面目でバカにされている僕も例外ではなく。
横に座る萌音の双丘をチラ見してしまった。
「僕も高校生のうちにカノジョを作ってみたいんだ」
「……つらたんも男の子なんだね?」
「もう子どもじゃないしな」
「お姉ちゃんの胸を見てたしね」
(バレてたのか)
「つらたん、カノジョがほしくなったの寂しいから?」
「それもあるが……」
「ごめんね。あたしがいたのに」
「いや、僕が萌音を避けたのが悪いんだし」
昨日までの僕を殴り飛ばしたくなる。
「なんていうか、僕、中学のときも目立ってただろ?」
「うん、風紀委員長さん」
中学時代。僕は風紀委員をやっていた。毎日、校門の前で遅刻の取り締まりをしたり、スマホや学業に関係ないものを没収したり、スカートの長さをチェックしたり。さすがに、下着の色までは関わらなかったが。
竹刀まで持って、ビシバシ活動していたのもあって、僕は大多数の生徒から距離を置かれていた。『あいつ、真面目すぎて、話にならん』とか『風紀委員なんてアニメの見すぎなん?』とか『真面目風紀委員といえば、ポニテ女子だろ。男子なんてありえん』とか。さんざんな評判だった。
「高校に入ったとき、中学時代の愚は犯さないと誓ったんだ」
「それで、最近のつらたん、おとなしかったんだー」
むしろ、あの時代は黒歴史だった。
「僕にもカノジョができたら、なにかが変わるかなって思ったんだ」
「恋は自分を変えるって言うもんね」
「ああ」
「神楽坂さんのどこが良かったの?」
反省会ができるレベルで回復している。萌音もわかっていて、聞いたのだろう。
「誰にでも優しくできるところ。困ってる人を放っておかなかったり、仕事を手伝ったり。そんな子の彼氏になれたら、僕も立派な男になれると思ったんだ」
結局は、なにもかもが幻想だったが。
「つらたん、本当に真面目だねー」
萌音が僕の頭を撫でて言う。他の人とちがって、バカにしていないとわかるから、されるがままにしておく。
「貫之くんは立派な男の子になりたいんだね?」
「ああ」
「理由は秘密なのかな?」
「ごめん」
萌音にだけは言えないんだ。
「僕、昔はいい加減だっただろ?」
「そうね。夏休みの宿題もやってなくて、全部あたしが写させてあげたもんね」
「すいませんでした」
小3までは、『宿題なにそれ? おいしいの?』だったし。
「小4のとき、不真面目な自分を反省して心を入れ替えたのも、立派な男になるためというか」
「あらあら」
少しだけウソを吐いているのが心苦しい。でも、本当のことが言えないからもどかしい。
「あの頃、つらたんが変わって、お姉ちゃんもうれしかったんだよ。なのに、少しだけ寂しくなっちゃって。お姉ちゃんもまだまだだね」
「僕が萌音を避けたのが悪いんだ」
「それもあるけど、それだけじゃないんだよ」
「どういうこと?」
「……鈍感さんには教えてあげないもん」
萌音は頬を膨らませる。
僕はなにを失敗したんだろう。
「昔のことは水に流しまちゅよ。お姉ちゃんだからね」
「さすが、お姉さんです」
僕が悪いので、不本意でも弟扱いされておく。
「貫之くんは恋人がほしいのよね?」
「うん」
陽がどんどん落ちていく。もはや日没寸前だ。
「けど、真面目なままだと、僕に恋人はできない。だったら――」
萌音が息を呑む。
「僕は真面目を捨てて、自分を変えないといけない」
自分自身の口から発した言葉を耳が拾い、胸をえぐってくる。
痛い。
けれど、自分を変えないかぎりは、神楽坂さんのような人間に嘲笑されるわけで。
「『自分を変えないといけない』なんて、誰が決めたの?」
僕の幼なじみは当然とばかりに小首をかしげた。
「あたしは真面目な人が好き」
「……3度目だな」
軽口を叩きながらも、内心では動揺していた。
小4のとき、同じ言葉によって、僕は幼い自分を捨て。
6年後、今の自分を否定する僕に再度、投げかけられて。
「やっぱ、僕は自分を変えたくない」
最初は不純な目的であったけれど。
彼女に認めてほしくて行動した結果は、僕に染みついていて。
「なら、お姉ちゃんがなんとかしまーす」
いつだって、彼女は僕の目標だ。近づくのが恐れ多いほど、輝いている。
「お姉さま、お願いします」
「かわいい弟のためなんだし、一肌脱ぐよ〜」
そういうと、萌音はブラウスのボタンに指をかけて、ボタンを外していく。
「ちょっと待った!」
僕は慌てて止めた。ピンクの布がちらついていたとは言えなかった。
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