第4話 自分を変える必要なんてない
「ふぅ~」
萌音がスプーンに息を吹きかける。
時間も遅くなったので、僕たちはファミレスに移動していた。
僕はハンバーグを、萌音はドリアを注文し、食事を始めたところだ。
なお、4人がけの席に隣あって座っている。
「子どもの頃、つらたん、ドリア好きだったよね?」
「ああ」
「熱々なのに待ちきれなくて、しょっちゅう火傷してて、かわいかった~」
「……昔はガキだったな」
人の黒歴史をほじくり返す幼なじみ。
「お姉ちゃんの息で冷めたところで」
萌音は僕の口元にスプーンを運び。
「はい、あーん」
勢いで口を開けてしまった。
すかさず濃厚なソースとチーズの旨みが口内に広がっていく。
「どう、おいしい?」
「うまいけど、僕たち、もう子どもじゃないんだぞ」
「だって、つらたんとファミレスに来たの6年ぶりなんだもん。お姉ちゃんの欲望は止められないのですよ」
萌音はドリアをすくって、今度は自分で食べる。
意味がわからない。発言の内容はもちろん、堂々と間接キスをすることも。
「貫之くん、顔赤いけど、お姉ちゃんとの間接キスがうれしいのかな?」
「子どもじゃないんだし、恥ずかしいんだよ」
「あらあら、いまさらじゃない」
(子どもの頃は毎日のように間接キスしてたけどさ)
自分ばっかり意識している事実が悲しくなる。
(しょせん、僕は弟ってか。同じ年なのにな)
話題を変えよう。
「それより、食べながら作戦会議する話だっただろ?」
「つらたん、真面目なのはいいけど、焦ると女の子に嫌われるよ」
「うぐっ」
弱点を突かれた。胸を押さえていたら。
「つらくなったら、お姉ちゃんに甘えていいんだよ」
萌音が頭を撫でてきた。
「あっ、良いことに気づいた」
「ん?」
「貫之くんの弱みを言ったら、お姉ちゃんの出番なんだもん。永久機関だねっ」
「マッチポンプじゃないか」
無限お姉ちゃんムーブを回避すべく食事に専念した。笑顔でうなずきながら話を聞くだけで満足だったらしい。
食後のプリンをいただいた後。
「本題に入っていいか?」
「よく待てました(はなまる)」
「……僕が真面目なままカノジョを作れるってマジか?」
「お姉ちゃん、ウソつかない」
自信満々に言えるところがすごい。
思えば、小さい頃から萌音はいつも胸を張っていた。自分を曲げてばかりの僕とは真逆だった。
「けど、ウソをつかない人間なんていないし、信用できないな」
「つらたんを傷つけるウソだけは死んでも言いません」
迷いもなく言い切った。
「わかった。信じたい」
「納得してなさそうね?」
「萌音を疑ってるわけじゃないけど、完全に僕のワガママだろ?」
「わがまま?」
萌音はキョトンと小首をかしげる。
「だって、自分を変えないで、モテたいとか虫がよすぎる」
「そうかなぁ?」
「女子だってモテるためにダイエットしたり、メイクをがんばったりするだろ」
「そだね」
「なら、モテるために自分を変えてるってことだろ?」
「貫之くんの考えはよくわかったよ」
僕と意見が合っていないのに、持論を展開しない。
そういう態度もあって、萌音は学校でも周りから好かれている。
「ひとつだけ簡単にカノジョを作る方法があるよ」
「マジか?」
「お姉ちゃんと付き合っちゃいましょう!」
ガッツポーズを決める萌音さん。腕を上げるだけで胸が揺れた。
「冗談だったか」
「冗談じゃないのに~」
頬を膨らませる幼なじみがかわいすぎて、目をそらした。
見続けていたら、本気になってしまいそうだから。
「やっぱ、『ありのままの自分』じゃダメだと思うんだ」
「振り出しに戻っちゃった」
「萌音がふざけてるからだぞ」
「お姉ちゃん法第30条にもとづき、反論しまーす」
「却下です」
お姉ちゃん法なんて法律は存在しない。
「『ありのままの自分でいい』は、今の自分を肯定して、成長できないからな」
小学生のとき、宿題をやっていなかった自分を変えたわけで。
不真面目な性格を改善し、宿題どころか予習復習を欠かさずにするようになったら勉強は得意になった。今では都内でもそれなりの進学校に合格し、学年1位になれている。
『ありのままの自分』を否定した結果、今の僕がいる。
(いや、待てよ)
真面目になったから、女子に引かれているんだ。
(だったら、不真面目になればいいのか?)
けれど、そうしたら今の成績が維持できるとは思えない。将来の進路にも影響が出かねない。
どうすればいいのか頭が混乱してきた。
自信が揺らいだところで、萌音が口を開いた。
「貫之くんの考えは尊重したいよ。けどね、全世界の姉は弟を愛するがゆえに、ときには鬼にもなるのです」
萌音は人差し指を突き出すと、両耳の横に手をつける。
(ずいぶん、ママな鬼だな)
のほほんとして微笑ましい。
「貫之くん、『ありのままの自分』を誤解してまーす」
「説明してくれ」
「『ありのままの自分』というのは、性格というか人格というか……その人の個性、英語で言うと、キャラクターね」
「ああ。キャラクターと言われれば、なんとなくイメージできる」
「キャラクターがそのままでいいって意味なのよ」
萌音が家庭教師に見えてきた。
「キャラクターを変えないってことと、成長するしないは別の話だと思うんだけど、学年1位さん」
「そうだな」
今ので理解できた。
「キャラクターを変えなくても、スキルを磨けば人は成長するってか?」
「うん、ダイエットして体型を整えるのも、メイクや服のセンスを磨くのも。全部スキルの話」
「すごく腑に落ちた」
「貫之くん、昔と変わらずに物わかりがいいね」
自説に自信がなくなったタイミングだったし。
「というわけで、『つらたん、レベルアップ計画』の作戦会議ですよー」
「ああ。神楽坂さんへの復讐計画でもあるけどな」
盛り上がってきたけれど、既に19時をすぎている。
「家に連絡しなくて大丈夫か?」
「お母さんに報告したら、『よかったね。貫之くんと楽しんでくるんだよ』って返事が来ちゃった。うれしいなぁ」
萌音は僕の腕をつかむと、自分の方に引き寄せる。
(すごいのが当たってる)
意識したら大変な事態になるので。
「遅くなっても僕が送っていくから、問題ないってことだな」
家は隣同士だ。萌音が玄関に入るのを見届けてから自分の家に帰ればいい。
「頼れる弟が守ってくれるなんて、お姉ちゃん幸せすぎる」
金曜日で助かった。
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