第11話 イメチェン(イメージを変えるとは言っていない)

 数日後の土曜日。僕は朝から萌音と一緒に出かけていた。

 外観がオシャレなビルの前で、萌音は立ち止まる。


「なあ、萌音、本当に入るのか?」

「あらあら。つらたん、怖くなっちゃったの」

「……怖いというか、住む世界がちがいすぎてだな」

「大丈夫でちゅよ。お姉ちゃんがお手々つないでまちゅからね」


 萌音は僕の手を握る。しかも、お互いの指を絡ませて。


 幼なじみの体温はポカポカしているし、弾力もある。

 ドキドキしていたら。


「ごめんくださーい」


 萌音はドアを開けて、挨拶をする。


「いらっしゃいませ~」


 僕たちを出迎えたのは、茶髪のギャルだった。いや、よく見ると、ギャルにしては落ち着きがありそう。20代半ばぐらいだろうか。ゆるふわな巻髪がオシャレで、ちょっと近寄りにくい。


「萌音ちゃん、今日も美人だねぇ」

愛羅あいらさんお上手なんだから」

「ってか、また、胸が大きくなった?」


 愛羅さんと呼ばれた女性は、なんと萌音の胸を揉み始めた。

 本日の萌音さんはサマーニットのトップスと、膝丈のスカート。胸が強調されているだけに視線のやり場に困る。


「こほん」


 僕が咳払いをすると。


「萌音ちゃん、彼が例の?」

「ええ。あたしが宇宙一愛している弟なんだ。えへっ」


 お姉さんに僕を見せびらかす幼なじみ。


「貫之くん、愛羅さんにはいつもお世話になってるの」

「ども~。美容師の愛羅でーす」

「は、はぁ~」


 ノリが異世界人だ。パリピ怖い。


「愛羅さまが貫之くんをイケメンにしちゃうよー。お姉さんを美人にしたみたいに」


 愛羅さんは白い歯を煌めかして、堂々と言い切った。


(ものすごい自信だな)


 本気で自分の力を信じているのか? 適当に口走っているのか?

 正直、こういうタイプは苦手だが、萌音の紹介だ。身をゆだねよう。


「お願いします」


 僕は頭を下げる。


「おっ、律儀だねぇ。お金を払ってるんだし、かしこまらなくてもいいよ~」


 客にタメ口を使える人が言うのは、どうなんだろう。


「で、萌音ちゃんから聞いた話だと、貫之くんはイメチェンしたいんだってね?」

「そうですね。僕、堅苦しく見られちゃって、損していることに気づいたんです。なので、見た目の印象を変えたくて」


 話の内容よりも視界からの情報が大事。内容は無駄と言って切り捨てるのではないけれど。やっぱり見た目が重要なのは変わらなくて。


 そこで、即効性が期待できる髪型と服装に手を加えることに。

 萌音に美容院を予約してもらって、今に至る。


「印象を変えたいってことは、パリピになってみる? アメ横で、昼からお酒を飲む系とか、どう?」

「僕、未成年ですし」


 自由奔放なお姉さんだ。僕と考えが真逆すぎて、逆に怒る気にもなれない。


「真面目だねぇ」

「よく言われます。といいますか、僕、真面目なまま、堅苦しいところだけを直したいんです」

「おっ、ワガママじゃん」

「すいません」

「むしろ、燃えてきたよぉ。燃え燃えキュン❤」


 ノリがいい人のメリットかもしれない。


「愛羅さん、あたし、貫之くんの真面目なところが大・大・大好きなの」

「萌音ちゃん、幸せそうだねぇ」

「だから、貫之くんのいいところを残したまま、他の女子に引かれないようになってほしいの」


 すごく恥ずかしいけど、萌音の要求は僕と同じだ。


「大好きな弟をいい男にしたいんだねぇ?」

「そうなの、そうなの」

「なら、この愛羅さまに任せておけばいいじゃん」


 愛羅さんは胸を叩いた。萌音ほどではないが、大きめな膨らみが揺れた。


「けど、萌音ちゃんが後悔しても知らないからね?」


 萌音が後悔?


(愛羅さんはなにを言ってるんだ?)


 萌音は僕の協力者なんだし。

 そもそも、萌音にとって僕は弟扱いしている幼なじみだ。意味がわからん。


「大丈夫ですよ。お姉ちゃんは弟の幸せを願う生き物ですから」

「少年、良いお姉さんがいて、幸せ者だねぇ」

「……姉じゃないんですけどね」


 ポツリと言うが、愛羅さんは僕たちに背中を向けていた。


「じゃあ、さっそく取りかかるから、貫之くんはこっちに来て」


 聞いていないようだった。

 1時間ほど経って、お昼が近づいた頃。


「ほい、できあがりでーす」


 鏡に映っていた自分の顔を見る。


「これ、僕なんですか?」

「そうじゃんか」

「……信じられない」


「もっさりしていた髪をスッキリさせてみた。清潔感的には問題なかったんだけどさ、さわやかに見せたくて」


「へぇ」

「前髪をあげてみたのは、おでこを出して、誠実そうな印象を出したくて」

「すごい」


「だって、貫之くん。高校生なのにしっかりしてていい子なんだもん。真面目というか、誠実さをアピールすれば、女子にモテるの間違いなし。愛羅さまが保証しちゃいます」


 真面目と言われるが……。


 最近、自分が真面目なのか違和感を覚えるようになっていた。

 エッチな本も持っているし、萌音との身体接触で体が反応する。男子の生理現象だとしても、真面目な行動ではない。


 なのに、周りは僕を真面目だと評している。


(真面目とはいったい?)


 僕が自分で感じる性格と、第三者が僕を見て思う性格。同じ性格といいつつ、差があるのは、どうしてなんだろうか?


「つらたん、すっごくイケメンさんなのに、気に入らないの?」


 考えごとをしているのが顔に出てしまったらしい。

 萌音が悲しそうな顔をしていた。


 あらためて、表情の大切さに気づかされた。


「いや、愛羅さんには感謝している。新たな自分が発見できたからね」


 髪型を変えただけで気分が変わるんだから、驚きだ。

 即効性は期待以上だった。


「なら、なにに悩んでいるのかな?」

「うーん、まだ考えが整理できてないんだが、見た目と内面の関係って難しいな」

「わかった。悩みがあるんだったら、お姉ちゃんに相談するのよ。たっぷり癒やしてあげるからね」

「……おふたりさん、イチャつくのは外でやってくれじゃん」


 愛羅さんに睨まれた。

 会計を済ませ、店を出る。


「じゃあ、洋服を買いに行きましょう!」


 休む間もなく、萌音に腕を引っ張られるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る