第12話 服を買う、さわやかになる

 美容院を出て、駅前の繁華街を歩いていると。


「なあ、あのお姉さん、めちゃくちゃキレイじゃね?」

「胸も大きくて、包容力もたまらん。ママァ」

「つか、彼氏が冴えないな。髪だけはマシなのが、ウケる」


 3人組の男が僕と萌音を見て、なにかを言っていた。

 見知らぬ人間の悪口をこそこそ言うなんて。


(無視だ、無視するにかぎる)


 自分に言い聞かせていたら。


「ぷぅ~。つらたんのこと、なにも知らないのに」


 萌音が頬を膨らませていた。


「怒ってるの?」

「ごめんねぇ。かわいい弟をバカにされて、我慢できなくなっちゃった」


 本人は申し訳なさそうにしているが。


(怖いどころか、かわいいのですよ)


「僕のために怒ってくれて、ありがとな」


 僕は礼を言ってから、頭を撫でてみる。


「ひゃぅんっ❤」


 いつもと攻守逆転したのに驚いたのか、お姉さんは艶っぽい悲鳴を上げた。


「見方を変えれば、髪を切ってもらって正解だったんだな」

「お姉ちゃんが服を選んであげるから、つらたんもイケメンの仲間入りだよ」

「お手柔らかにお願いします」

「安心して、貫之くんの素材の良さを引き立ててみせるから」


 萌音は足を止めると、右へ進路を変えて、店に入っていく。

 カジュアル系で、値段もリーズナブルな店だった。美容院に比べて、アウェイ感が少ない。


「貫之くん、服の好みはある?」

「うーん、普段はシャツが多いけど、こだわりはないなぁ」

「あらあら」

「逆に、着ないのはデニムあたり。あと、チャラそうなのは苦手」

「あらあら」


 萌音は唇に手を添えて、眉を細めている。


「貫之くんの私服。落ち着いてて、あたしは好き」


 今日の服は白のシャツにチノパンだ。清潔感だけは意識しているが、それ以外は特に考えていない。


「けど、女子高生受けするかというと難しいのかもな」

「あらあら」


 萌音の笑顔がわずかに引きつっていた。


(僕に気を遣ってるんだな)


「貫之くん、真面目でさわやかな髪型になったし、服も統一感があった方がいいわね」

「そうなのか?」

「たとえば、ズボンは白で、シャツは水色や紺とか似合うかも」

「お願いします」


 自分になにが合うかわかっていたら、苦労はしていない。

 萌音は慣れた様子で店内を歩き、カゴに何着か服を詰め込んでいく。

 僕は後から彼女についていく。


(もしや、誰か別の男と来てるんじゃ)


 萌音は美人で胸も大きく、性格も包み込んでくれる。男女を問わず、人気者だ。たしか、告白した男子もいるはず。彼氏がいてもおかしくない。


「あのね、お父さんの服を買いに、このお店には何度か来ているの」


 ほっとした。というか、僕の心が読まれている?


「おじさんは元気?」

「うん、あいかわらず動物をかわいがっていて、自分のことは後回しだけどね」


 萌音の父親は獣医をしている。休日で自宅にいるときでも白衣でいる人だ。自分で服を選ぶイメージはない。

 なお、母親は看護師。萌音に負けず劣らず優しくて、他人に尽くす人。


 萌音が包容力に満ちていて、のほほんとしているのは両親の影響かもしれない。

 萌音は父親の話をしながら、服を僕の背中に当てていく。


「紺は似合うと思ったけど、テカテカしててチャラいかも。こっちの落ち着いた系の紺はどうかな?」

「……」

「おっ、いいねえ。あとは……黒Tシャツの上に水色のシャツを羽織ったら、どうなる?」


 なにを言っているのか、わからない。


 しばらくして、買う候補が絞られていき。


「じゃあ、これを試着してきて」

「戦力になれなくて、ごめんなさい」

「いいの、いいの。何年か祈り続けて、ようやく願いが叶ったんだもん」

「えっ?」

「ううん、なんでもない」


 なんでもないにしては不自然だけど、女神の笑顔をされたら追及できない。

 試着室に向かおうとすると。


「貫之くん、お姉ちゃんがお着替えを手伝いましょうか?」

「……だ、大丈夫だから。子どもじゃないんだし」

「あら、遠慮しなくていいのに」


 あいかわらず、弟扱いされている。


「そういう問題じゃなくて、怒られるから」

「貫之くんの真面目なところは好きだけど、お世話もするのもお姉ちゃんの使命なの」


(変なところに使命を感じちゃってるんだよなぁ)


 困っていたら。


「カップルさん、仲がよろしくって、うらやましいですね」


 店員のお姉さんに話しかけられてしまった。


「すいません、連れが変なことを言いまして」

「他のお客さまのご迷惑にならなければよかったのですが」

「は、はあ」


 怒るのではなく、残念とでも言わんばかりの態度だ。『やるな』と言われている点では同じなのに、店員さんの言い方だと不快感はない。さすが、接客のプロだ。


「試着室でエッチなハプニングが起きるラブコメ。大好きなんですよね」


 店員さん、まさかの理由だった。


「当店では、カップルでの試着室ご利用は困るのですが」


 店員さんは僕になにかの券を渡してきた。


「当社の系列にランジェリーショップがあります。割引券を差し上げますので、彼女さんと一緒に行ってみたらどうですか」

「ぶはぁっ」

「試着室でどんなプレイをしたか、次に来たときに教えてくださいね」

「……このお店、大丈夫なんですかね」


 冗談だと思いたい。


「貫之くん、買うかどうかは試着してから決めて」

「あっ、はい」


 試着室に行く。もちろん、ひとりで。

 というか、萌音が恋人だと勘違いされたままだった。


 試着室のカーテンを開けると、萌音が目の前にいた。


「貫之くん、かっこいい。真面目なまま、さわやかになってる」

「彼氏さん、イケメンですよ」


 例の店員さんがまだいた。


「このまま、来ていかれます?」

「お願いします」


 つい、頭を下げてしまった。買うのが確定ではなかったのに。


「では、このまま、ランジェリーショップにレッツゴー!」


(まだ、引っ張るんですね?)


 会計を済ませ、店を出た。とっくに昼をすぎている。

 今日の用事は済ませたが、このまま解散はありえない。


「萌音、昼でも食べていく?」

「もちろん。つらたんとのごはん、楽しいなぁ」

「お礼も兼ねて、僕が奢るよ」

「先にランジェリーショップに行かなくていいの?」


 おまえもか。

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