第13話 ランチ
「萌音、なにか食べたいものある?」
「えーと、つらたんが食べたいものならなんでも……と言いたいけど」
お姉さんはなにかを企てているらしい。
「デートの練習も兼ねて、お店選びをお願いするね」
「むしろ、助かる」
「本当に貫之くんは良い生徒さんなんだから」
弟から生徒へとジョブチェンジした模様。
「萌音の好きなもの、子どもの頃と変わったか?」
「好みを聞くのはポイント高いな。えへっ」
褒められて、うれしい。
「最近は和食の良さに目覚めたかな」
「そうなんだ。前は洋食派だったのに」
「……貫之くんにおいしいお味噌汁や煮物を食べてほしくて、練習してるんだよ」
(僕のために?)
先日、朝食を作ってもらったときは、かなり美味かった。期待しかない。
「けど、女子高生がデートで食べたいとなると、洋食かな」
「そうなんだ」
「だから、今日は洋食がいいと思うの」
「承知。洋食で探してみるよ」
スマホを取り出す。
「あたしの好みよりも、女子高生が好きそうなお店にしましょうね」
『女子高生』と一口で言われても、幅が広すぎる。萌音を相手にするのか、神楽坂さんなのか、それともギャルなのか、地味なタイプなのか。
とにかく、女子高生だけでは集団が大きすぎる。
『女子高生が好きそうな店』を、どう考えればいいのか?
こういうとき、ランキングが便利なのだろう。使いたくなる気持ちはわかる。
ランキングサイトを開いたところで思いとどまる。
ランキングは楽なんだけど、楽すぎる。相手に喜んでほしいなら、自分の頭で考え抜きたい。個人の感想です。ランキングを否定するつもりはありません。
とりあえず、近くにある洋食系の店をリストアップしよう。
ただし、空腹かもしれないから、そんなに時間をかけずに。
5件ほど店が見つかった。
あとは店の雰囲気や、メニュー、値段などで決めよう。
(特に、店の雰囲気はセンスが問われるぞ)
「萌音、僕に任せてくれるんだよな」
「今日は練習だし、失敗を気にしなくて大丈夫だからね」
不安なのに気づかれた。
萌音の言うとおり練習だ。失敗したら、問題点を検証して、本番につなげればいい。
「レンガ造りの喫茶店なんだが、パスタやカレーもあるみたい」
「あらあら。レンガ造りなんてオシャレね」
「大丈夫かな?」
「合格でーす」
萌音は僕の腕に体を絡ませてきた。
「エスコートの練習が始まりました」
「善処します」
地図は頭に入っている。
あとは、彼女が歩きやすいように誘導すればいいってことか。
萌音の歩く速度に合わせ、ゆっくり進む。
今日、ここまでの時間でペースはつかんでいるが。
(腕を組んでると調子が狂うな)
暴力的な膨らみが当たって、冷静さを保つのが難しい。
数分後。
「着いたぞ」
「わーい、素敵なお店ね」
土曜日の昼過ぎ。店内は賑わっている。そのわりに、静かだった。雰囲気も落ち着いている。ファーストフードやファミレスと異なり、大人向けの空間だった。
「女子高生って、こういうところ来るの?」
「そうねぇ。たまにはレトロなお店も来たいかな。だから、バッチリ合格よ」
渋い中年男性に案内され、席に着く。
「あたし、バジリコがいいな」
「じゃあ、僕はナポリタンにする」
「あと、コーヒーも」
「僕も」
注文を終える。やることが終わったのを意識したとたん、少し肩が重くなってきた。
「貫之くん、疲れた?」
「慣れないことをやって、少しだけな」
というより。
「萌音の気遣いはすごいな」
「えっへん。師匠ですし、かわいい弟ですから」
萌音は胸を張ると、ドカンとテーブルの上に乗せた。迫力満点だ。
「どうやったら、気配りはできるんだ?」
「そうねぇ……相手に関心を持つところから始まるかな」
「関心を持つ?」
「相手がいまなにを思っているのかなって、頭のどこかで考えておくの。そしたら、表情や、声のトーンの変化に気づけるようになるから」
「ふーん」
「あとは、状況に当てはめる」
僕が首をかしげると。
「たとえば、今日だと美容院や服を買いに行ったでしょ?」
萌音は声を高くして言う。
「貫之くん、不慣れっぽかったのは見てればわかるし。そのあとも、お店選びやエスコートの練習までした」
「それで、僕が疲れたと?」
「一息ついたら、疲れが出そうだなって思ったの」
「さすが、師匠」
なにも考えずに、「あらあら」と言っているように見せかけておいて、裏では脳をフル回転させている。だから、コミュ力も高いし、人に好かれるのだろう。
「女の子と仲良くしたかったら、とにかく相手に興味をもつのよ」
「はっ、了解であります」
「女の子の気持ちを察しようとするのよ」
「いえっさー」
「心が読めないし、ミスるかもしれないけど、努力だけは忘れちゃダメ」
「肝に銘じます」
大事なことは頭に叩き込んでおいた。家に帰ったら、ノートにまとめよう。
料理が運ばれてくる。
パスタは絶品だったし、コーヒーも香りが豊かだ。
食べ終わった後。
「ふぅ、おいしいものが食べられて、お姉ちゃん、幸せです」
笑顔がまぶしくて、僕までうれしくなる。
相手を喜ばせようと考えて行動して。
こうやって結果が出ると、最高の気分になる。
「僕も良い勉強になったよ」
「お姉ちゃん、何回でも付き合うからね」
「よろしくな」
席を立ち、僕が萌音の分までの会計をする。
萌音は僕の後ろにいて。
「あらあら」
彼女の声がした。
(なにかあったのかな?)
ちょうどお釣りを受け取ったところだったので、振り返る。
「あれ?」
どこかで見た顔があった。
白いブラウスと、ベージュのロングスカート。おとなしめな雰囲気の少女は。
「近藤さん、こんにちはね」
隣の席の近藤さんだった。先日、僕が消しゴムを渡し、めちゃくちゃ赤面した子である。
「……あ、天海さん。こ、こんにちはです」
同性の萌音ですら緊張しているらしい。学校でも、人と話しているのを見かけない。つねに、本を読んでいるイメージだ。
(声をかけていいのかな?)
迷ったが、知り合いに挨拶をしないなんて非礼がすぎる。
「近藤さん、こんにちは」
「ひっ」
驚かれてしまった。僕、怖かった?
「近藤さん、彼は大空くんだよ」
「しゅ、しゅみましぇん……学校と雰囲気がちがいまして」
髪型を変えたんだった。僕だとわからなかったらしい。
「
近藤さんの後から店に入った男性が、近藤さんに話しかける。
「お父さん、同じクラスの人です」
「こんにちは。娘がお世話になっています」
近藤さんのお父さん、高校生の僕たちにまで丁重に頭を下げる。スーツをビシッと着ているし、きちんとした人だ。
近藤さんは会釈をすると、僕たちから離れていく。
萌音は近藤さんの後ろ姿を微笑ましい顔で見つめていた。
(妹か娘だと思ってるのかな?)
1年3組のママは伊達じゃない。
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