第22話 人間関係は煩わしい

「それで、話ってなにかな?」

「誰が私に話しかけていいって言ったの?」


 階段下の人が少ない場所に僕と神楽坂さんはいた。人の目がないためか、裏の顔を出している。


 始業まで10分ぐらいしかない。トイレや移動の時間も考えると、長居はできない。


「すいません」


 不本意ながらも謝った。早く用事を済ませたいし。


「あんたさぁ、萌音ちゃんと仲良く登校してたよね?」

「うっ」


 今日も目撃されていたらしい。


「腕組んじゃって、完全に恋人じゃない?」

「恋人じゃないんですけどね」

「えっ⁉」

「えっ?」

「あれだけ、バカップルしておいて⁉」


 神楽坂さんの目が怖い。かわいい顔が台なしだ。


「じゃあ、あんたたちの関係はなんなの?」


(僕の一存で幼なじみだと答えていいのかな?)


 萌音の都合もあるだろうし、本当のことは言えない。


「ごめん、答えられない」

「ふーん、黙秘するなんて、エッチな関係なのね」

「い、い、いや」


 胸を押し当てられたり、耳かきをされたりしているわけで。エッチじゃないとは言い切れない。


「目が泳いでるんですけど」

「……」

「まあ、いいや」


(命拾いをしたのか?)


 あとで萌音に言っておこう。萌音から上手く説明してくれるのがベストかも。


「ところで、さっきは教室で根暗女とイチャついてたよね?」

「根暗女?」

「文学少女、脱いだらすごい着痩せ女よ」

「近藤さんのことか」


 根暗と言われて、不快になった。


 たしかに、近藤さんは内気で、うまくしゃべれない。自己否定が多いし、猛烈にネガティブな子だ。


 暗いといえば、暗いのかもしれない。

 神楽坂さんが『根暗』と表現するのも理解はできる。


 ただし、そこに侮蔑的な含みがなければ。


(たんに、性格が違うだけなんだけどな)


「あいつは暗い奴」だとか言って、差別したがるのがちょっと……。


「あんた、私にフラれた直後に、根暗女に手を出すって」


 神楽坂さんは右手を突き出す。僕の耳から10センチぐらい離れた場所を通過し、壁に手をつく。いわゆる、壁ドンだ。


 神楽坂さんは僕より20センチぐらい身長が低い。なので、背伸びしている感じがある。

 傍から見れば、微笑ましい光景だろうが、やられている身としては怖い。


「結局、女なら誰でもいいの⁉」


 もしかして、神楽坂さんが不快なのは……。


「私にコクっておいて、すぐに他の女に行くってありえないんだけど」


 いい加減な気持ちで、僕が彼女に告白したのだと考えているのかもしれない。


 本性を知った今は後悔しているが、当時は本気だった。本気で神楽坂さんは僕の理想だと思っていた。学級委員の仕事も積極的にこなして、人当たりもいい。憧れの人だった。


「もしかして、あんた、罰ゲームで私にコクったとか?」

「そんなわけはない」

「ふーん、どうだか」


 鼻をならす。


「学級委員として忠告しておく。女子を泣かしたら、許さないんだから」

「いや、女の子を泣かせるつもりはないから」

「それに、あんたの好きな子、みんな巨乳だし」

「……」

「私も含めてね」


 つい、視線が動く。壁ドンの距離で、斜め上から見下ろす形になり。


「なに見てんのよ⁉」


 手で胸を隠し、涙目になる。

 かわいい。


「もういい。教室に戻る」


 神楽坂さんは回れ右をして、去っていく。金髪ツインテールがピョコピョコ跳ねていた。


 始業時間も迫っている。僕も慌てて戻った。結局、トイレには行けなかった。


   ○


 その日の夜。萌音とのビデオ通話にて。


『貫之くん、まだ怜奈さんのこと好き?』

「いや。前も言ったけど、裏の顔を見ちゃったからな」

『そうなのね。でも――』

「でも?」

『もし、本当は悪い子じゃないとしたら?』

「萌音、なにを言っている? 今日も難癖をつけられたんだぞ」

『そうねぇ』


 萌音は顎の下に手を置く。なお、今日は普通のパジャマだ。おかげで、気兼ねなく画面を見ていられる。


『なにか引っかかるのよねぇ』

「そうなの?」

『自分が振った相手が他の女子と仲良くしていて、怒ってるんでしょ?』

「ああ」

『嫉妬してるのかなぁ』

「嫉妬はありえな――い?」


 断言しようとしてできなかった。

 神楽坂さん、なにを考えているかわからない。


「今日、話した感じだと、委員長としてクラスの平和を守りたいみたいだったよ」

『わかったわ。そういうことにしておくね?』

「ところで、僕と萌音の関係はどう説明する?」

『本当は相思相愛の姉弟だと言えたらいいのだけれど……』

「そしたら、萌音の地位が落ちるもんな」


 萌音は相手によって態度を変えず、常にお姉さんをしている。誰もが萌音に癒やされているわけだ。なので、クラスでもトップクラスの人気者である。


『お姉ちゃん、べつに自分の立場なんてどうでもいいわ』


 ふんすと胸を張って言い放つ。


『そんなことより、弟と愛を育むことが大事だもん』


 僕は愛されている。

 弟として。


 恋愛感情がないのはとっくの昔にわかってはいるけれど、ちょっと悲しい。


『あたしと貫之くんの関係をカノジョ候補さんに誤解されるかもしれないでしょ?』

「そうだな」


 げんに、神楽坂さんは僕と萌音の間柄を疑っている。


『だから、小中が同じだったとでも言うのがいいんじゃない?』

「たしかに、それが無難だよな」


 人間関係は煩わしい。


『そんなことより、貫之くん?』

「ん?」

『新しいブラジャーを買ったの。どっちが好み?』

「ぶはぁっ」


 噴いてしまった。


 萌音が画面越しにブラジャーを見せてきたから。

 右手にピンクのものを、左手に紫を持っている。

 紫はエロい。


『ねえ、どっち?』


 ネグリジェの下に紫の下着をつけた姿をイメージしてしまう。エロすぎて、頭がおかしくなりそう。


「……ピンクです」

『あらあら』


 萌音はニッコリする。


(なんで笑うのかな?)


『じゃあ、明日はこの下着で行くね。あっ、下もお揃いだから安心して』


(予告しなくてもいいですよね)


 そう思ったけれど、言わないでおいた。

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