第4章 文学少女の事情

第21話 相手を知れば仲も直せる

 カラオケから帰った後。

 僕は勉強ノルマを終えると、近藤さんの件で頭を悩ませていた。もちろん、表情の筋トレをやりながら。


 萌音のおかげで、近藤さんととことん向きあう覚悟を決めた。


 そこまではいいものの、具体的にどう関わっていけばいいかまでは教えてもらってない。

 普通の人だったら「そんなの自分で考えろ」と言われる案件だし、他人に頼り切りだと自分のためにもならない。


 というわけで、かれこれ1時間も頭を抱えている。

 夜も10時をすぎている。明日も学校があるので、日が変わる前には寝ておきたい。


 睡眠不足で授業に集中できないなんて、僕の辞書には存在しない。

 学業あっての高校生。恋や人間関係のせいで勉強がおろそかになったら、本末転倒だ。


 とはいえ。

 近藤さんが忘れていった本を僕が預かっているわけで。

 明日にでも返さないと彼女に迷惑がかかる。いや、既になくしたと思い込んで慌てている可能性もある。


 タイムリミットは明日の朝。学校に行くまでに、具体的な作戦を決めておかないと。


(本がなければなぁ)


 どうにかなるまで、様子が見られるんだが。

 ため息とともに。


「あっ」


 その本がヒントになるかも。


 近藤さんは教室でいつも本を読んでいる。おもに、日本の文豪の作品を。

 彼女と話したときも本の話題になると、別人みたいに饒舌だった。


 おまけに、例の忘れ物。

 他人の物だからカバンに入れぱっなしだった。


 だが、近藤さんを理解するうえで、必要かもしれない。


(まず、相手を知らなければ話にならないからな)


 3分ほど検討し。


「本のタイトルを確認するぐらいならいいか」


 カバンから本を取り出す。


 女子高生が抱き合っている漫画のタイトルは、『いらっしゃいませ、バー・リリ花!』というものだった。

 女子高生とバー?

 カフェで女子高生がバイトするならまだしも、バーはまずいんじゃ。


 そう思いながら、作品名でネットを検索してみる。

 バーで接客のバイトをする女子高生2人が、裏の仕事をしながらイチャイチャする作品らしい。


 電子書籍ストアで試し読みができたので、ダウンロードしてみる。


 読み始めたら止まらなかった。

 ストーリーに引き込まれるのはもちろん、個性的なキャラが魅力的で。

 あっという間に、試し読みの分を読み終える。


「近藤さんと仲良くなるためだ」


 そう理由を作って、買う。

 話が盛り上がっているところで、『2巻に続く』になってしまい。

 当然、2巻も購入する。


 結局、最新巻まで手を出してしまい。

 読み終えたのは、夜1時近くだった。


(万里と雪菜、尊いなぁ) 


 幸せを噛みしめながら、眠りについた。


 翌朝。萌音と一緒に学校に向かう道すがら。


「貫之くん、眠そうだね?」

「昨日ちょっと寝るのが遅くなってな」

「がんばったんだね。なら――」

「なっ」


 絶句してしまった。

 萌音が僕の腕に体を押しつけてきたからだ。


「お姉ちゃんのおっぱい、1分間で睡眠1時間分の疲労回復効果があるんだよ」


 たしかに、すさまじいまでの感触ではある。

 昨日の耳かきもだけれど、癒やし系お姉さんが回復役ヒーラーなら無双できそう。勇気百万点。


「萌音、いつもありがとう」

「お姉ちゃんですから」


 弟扱いなのは複雑だが、助けてもらっているので我慢する。


 教室に着く。


 例によって、数分後に近藤さんも登校してきた。

 近藤さんは自席の椅子を引くときに、ビクッと震える。

 落ち着くまで待とうか。


 しばらく教科書を読んでいたら、文庫本を持つ近藤さんの姿が横目に映った。


「近藤さん、おはよう」

「ひゃ、ひゃい」


 驚かせてしまったようだ。昨日、縮めた距離が遠のいた気がして、つらい。


「これ」


 でも、僕には心強いヒーラーがいる。

 臆せずに、紙袋を渡した。


「昨日、図書室に忘れていったでしょ?」

「あっ!」


 彼女の顔が青ざめる。


「僕が預かっておいたんだ」

「……なくしたと思ってまちた」


 やっぱ。


「本当はもっと早く伝えておけばよかったんだけど、連絡先を知らないし」

「ひいえ。わたしが悪いでしゅし」


 近藤さんの反応で察した。

 昨日の件で、彼女が怒っていなかったんだと。

 案の定、僕が勝手に早合点して、無神経な振る舞いをしてしまったのだと勘違いしていたんだ。萌音が落ち着かせてくれて、助かった。


「それに、保存用にも持ってましゅから」

「保存用?」

「ひゃい。大好きな作品は読む用の他に保存用も買うんでち」

「は、はあ」

「本当は布教用にも買いたいのでしゅが、わたし、友だちがいないから」


 しゅんとさせてしまって、バツが悪くなる。


「でも、気にしないでくだしゃい」

「……」

「保存用の在庫がなくなったので、昨日、発注しといたでちゅし」


(在庫が切れて発注するって、本屋じゃないんだし)


 おかげで、近藤さんがどれだけ作品が好きなのか伝わってきた。

 勇気を出して、一歩踏み込もう。


「じつは、僕も読んだんだよね」

「へっ」

「近藤さんがどんな本を読んでいるのか気になって……キモいかもだけど、読ませてもらった」


 目が点になる近藤さん。やっぱり、キモかったか。


「ごめん、勝手に変な真似をしちゃって」

「いいえ、うれしいんでしゅ」

「えっ?」


 予想外だった。近藤さんは無表情だし、声にも抑揚がないから気持ちを推測しにくい。


「好きな作品を他の人に布教できるなんて……諦めてまちたので」


 わずかながら、『もう』に力がこもっていた。

 このあたりが、彼女を理解するヒントになりそう。


 ここで、さらに先に進むか?

 いや、始業時間前の教室だ。徐々に人が増えつつある。近藤さんのプライバシーに関わるかもしれない話は避けた方がいいだろう。


「僕、『バー・リリ花』を最新巻まで読んでてさ」

「えっ、もう?」

「おかげで、今日は寝不足なんだ。授業中に居眠りしたら、起こしてくれない?」

「……大空さんが冗談をおっしゃるなんて、すごいでしゅ」


 近藤さんは絶句していた。

 僕をバカにしているのか、素直に感動しているのか、読み取れない。


「だから、どこかで話そうよ」

「……わ、わたしなんかでよければ、おながいしましゅ」


 その瞬間、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 安堵したら、催してきた。


「じゃあ、また」


 僕は席を立ち、教室を出る。

 トイレに向かう途中。


「ねえ、大空くん」


 後ろから話しかけられた。

 神楽坂さんだった。


「えへっ、私お話ししてくれるかな?」


 学級委員らしい清楚な笑みである。

 瞳の奥では、『あんたには断る権利なんてねえからな』と言っているようだった。

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