第20話 悩み相談は耳で
「貫之くん、なにか歌って」
僕は図書室を出た後、萌音と一緒にカラオケボックスに来ていた。
近藤さんに逃げられた直後、萌音にLIMEで連絡をする。すると、カラオケボックスに向かうように言われた。
指示通りにしてみたら、私服姿の萌音がいたわけだ。萌音は一度、家に帰ったらしい。
「今日は歌いに来たんじゃなくて、萌音に相談したくて……」
「結月さん、いきなり飛び出したんだって?」
「ああ。だから、いてもたってもいられなくて、萌音に連絡させてもらった。用があったのなら、すまんかった」
「ううん。お姉ちゃん、つらたんに頼ってもらって、すっごくうれしいんだから」
笑顔がまぶしい。
「それなら、連絡してよかった…………って、そうじゃない!」
「あらあら」
「だって、突然、萌音を呼び出したんだぞ。ただでさえ、萌音には時間を割いてもらってる。『今から時間をとって』なんてありえない」
図書室で近藤さんに話しかけたのを棚に上げて言ってみる。
(僕、最低だな)
自己嫌悪に陥っていると。
「貫之くん、働いている人みたい」
萌音に笑われてしまった。
「当日のアポ取りはダメだろ?」
「高校生でそこまで考えてるなんて、貫之くん大人ね」
萌音の方が高1とは思えないのだが。
とくに、今は彼女の横に座っている。斜め下を向くと、体の成熟ぶりが丸わかりで。
「とにかく、今日は急に呼び出して悪かった」
恥ずかしいので、謝り倒す。
「気にしなくていいんだよ」
「時間を奪いたくないし、さっそく本題に入りたい」
「貫之くんの気遣いはうれしいけど、真面目が暴走してるよ」
「そうなのか?」
「そうです。お姉ちゃん裁判官が断言します」
裁判として成立していないのだが。
きっと僕のことを考えた結果なので、文句は言わない。
「有罪だから罰ゲームでーす」
「罰ゲーム?」
「うん。今から耳かきをしちゃいます!」
萌音はうれしそうに自分の膝を叩く。ミニスカなので、膝が露出している。
「罰ゲームの耳かきは冗談じゃなかったんだ?」
「♪6年ぶりに貫之くんのお耳掃除~楽しいなぁ」
鼻歌までする幼なじみ。
「そうだ! 道具はないだろ?」
「いいえ。いつでも、どこでも、耳かきができるように持ち歩いてまーす」
これまでの付き合いで悟った。
こうなったら、逃げるのはムリだ。
(いざ、お膝へっ!)
萌音の膝に頭を乗せる。もっちり、すべすべした感触が頬に当たる。
「ふぅ~」
耳に息を吹きかけられ。
――ジョリジョリ。
耳かきが撫でてくる。
背筋がゾクリとした。
「つらたん、どうかな?」
「……あいかわらず、耳かきが上手いな」
「この6年、貫之くんの耳かきをするのを夢見て、特訓してたんだよ」
「……」
「耳かきのASMRの配信を見て、男の子が喜ぶテクニックを試行錯誤したんだから」
方向性が変な気もするけれど、彼女の努力を否定したくない。
「つらたん、近藤さんに逃げられて、悲しかったね」
「うっ」
不意打ちだった。
萌音は僕が耳かきで癒やされているタイミングで、悩みに触れてきた。
つらい感情が蘇る一方で、猛烈に回復もしていて。
普通に打ち明けるよりも、メンタルのしんどさが少ない。
もしかして、このために萌音は強引に罰ゲームをしたのかもしれない。
「まずいと思って、すぐにお姉ちゃんに連絡したんだよね?」
「う、うん」
「えらい、えらい」
「
報連相とは、「報告」「連絡」「相談」のことである。なにか問題があったら、報告と連絡、相談をするのが大事なのだ。
「えらい、えらい」
彼女の指が耳たぶに触れ、あまりの心地よさに変な声が漏れそうになった。
「そういうところ、貫之くんらしくて好きだよ」
極楽すぎる。
「でも、焦ってもつらくなっちゃうだけだよ」
「はい」
耳かきをされた今、萌音の言わんとすることは胸に染みている。
「いったんお姉ちゃんの耳かきで落ち着いて……それから考えてみよっか?」
「そうですね」
幼なじみが正義。
「なにがあったか、話してみて」
優しく語りかけてくる。
穏やかな声と、膝や耳の多幸感などがあいまって、僕の中から焦りは消えていた。
極力、感情を排して、冷静に図書室での出来事を話す。
「そっかぁ」
「……途中までは良い感じだったんだが、最後の発言がまずかったよな?」
萌音は微笑を浮かべた後。
「貫之くんは選択肢をミスったと思ってるのね?」
「だって、『僕でよかったら、話を聞くよ』と言ったら、逃げちゃったんだ。僕が彼女の事情に踏み込もうとしたからで……」
「結月さん、貫之くんに踏み込まれたくないと言ったの?」
萌音は子どもに問いかけるような、ゆっくりと高い声で聞いてきた。
「いや、はっきりとは言っていないな」
「じゃあ、なんて言ったの?」
「……要約すると、自分の悩みで僕の時間を奪うのが恐れ多いって感じだった」
「そうなのねぇ」
萌音は耳かきを動かす手を止める。
「じゃあ、貫之くんがお姉ちゃんを急に呼び出した罪悪感と、結月さんの貫之くんへの恐れ多い気持ち。なにがちがうのかな?」
「あっ!」
萌音のおかげで、大事なことに気づいた。
「近藤さんは僕に対して怒ってるわけじゃない?」
「結月さんの気持ちを確認してないから断言はできないけど……発言だけを見るなら申し訳なさが強そうね」
僕は暴走していたのかもしれない。
「僕、自分が悪いと思い込んで、テンパってたんだな」
「自分で気づけて、えらい、えらい」
僕が冷静になるように萌音が導いてくれたわけだ。
耳かき効果はメンタルの回復だけではなかったらしい。
「落ち着いたところで、貫之くんに質問しまーす」
「なんだ?」
「『僕でよかったら、話を聞くよ』と言ったことについて、どう思いますか?」
「……失敗しちゃったけど、言われて悪い気はしないよな」
萌音はうんうんうなずいたのか、体が揺れる。
「今はまだ、話してもらえる関係じゃないだけ」
「ああ、そうだな」
「貫之くんはどうしたいの?」
「そのまえに、耳かきはもう大丈夫だ」
「男の子さんなんでちゅね」
萌音の手が僕の耳から遠ざかったのを確認してから、彼女の膝からどいた。
「僕は近藤さんのことをもっと知りたい」
「あらあら」
「教室だとボッチな文学少女だけど、話してみるとイメージがちがってて。でも、自己肯定感が低いから距離が遠くて」
「うんうん」
「いい子なのはわかったから、彼女の力になりたい」
今の時点で、カノジョにしたいとか思っていない。
ただ、彼女の悩みは放っておけなくて。
ひとりの人間として関わりたい。
「精一杯、近藤さんと向き合ってみるよ」
「貫之くん、本当にかっこよくなったんだからぁ」
例によって、萌音に頭を撫でられる。
「じゃあ、景気づけに歌おうよ」
「……僕、カラオケは初めてなんだが」
「なら、お姉ちゃんが手取り足取り教えます」
その後、何から何まで萌音に面倒を見てもらって、初カラオケを終えた。
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