第19話 人って複雑すぎる

「幼なじみの話が聞きたいんだっけ?」

「はいです」


 やっぱり、近藤さんの態度が全然ちがう。

 僕と萌音に関心があるらしい。


(単純に幼なじみだからでいいんだよな?)


 万が一、恋バナ目的だったら……。


 僕と萌音の間に恋愛的なフラグは立っていない。むしろ、彼女は僕が恋人を作るための協力者だ。

 一方で、僕は近藤さんにお近づきフラグを立てようとしていて。


(萌音との関係が疑われたら、ややこしいことになるな)


「4歳のときに親が家を買って、引っ越したんだ。それが今の家で、隣に萌音が住んでた」

「ほほう。筋金入りの幼なじみですなぁ」


 近藤さん、まったく噛まないどころか、おっさんぽい。


「萌音は4歳児の頃からお姉さんキャラで、出会って3秒で弟扱いされてたんだよな」

「なんと⁉」


 近藤さんが叫んだ。よりによって、図書室で。

 幸い、人がほとんどいないのが、せめてもの救いか。それでも、図書委員に睨まれたけれども。


「出会って3秒で弟扱いなんて、実質即ハメですよね」


 顔を真っ赤にして意味不明なことを言っている。


「よくわかんないけど、昔の僕はやんちゃだったから、いきなり弟扱いされて反発したよ。反抗期だったし」


 引っ越しの挨拶に行っただけで、初対面の女の子に弟扱いされたんだ。普通に考えたら、おかしい。幼女だから、かわいいで許されるだろうが。


「萌音とは保育園も同じで、保育園でもひっつかれてたんだ。しばらくは抵抗してたんだが、面倒くさくなって弟になった感じ」

「姉弟系幼なじみ、尊死」


 近藤さんは恍惚とした顔をしていた。表情が変わり、彼女の魅力が引き出された。ちょっとオーバー気味ではあるものの、無表情よりはかわいい。


「それから、小3まで萌音とはずっと一緒だったんだ」


 添い寝もしたり、風呂にも入ったり。本当の姉弟みたいな関係だった。


「感動したっ‼」


 近藤さんは涙を流すと、僕の手を握ってきた。


「は、はぁ」


 キャラがちがいすぎる。

 戸惑った僕が手を見ていると。


「ひゃぅぅっ!」


 彼女は飛び跳ねた。と同時に、ブラウスを持ち上げる膨らみが縦揺れした。

 例によって、図書委員がこっちを見て、苦々しい顔をしている。


「わ、わたしごときが尊き御手に触れてしまうなど……体で償えばよろしいでちゅか?」

「べつに、謝ることでもないし」


 この数分で、近藤さんに対する印象が変わった。嫌いになったわけではないが。


「話を戻しますね」

「う、うん」

「た、大変申し上げにくいのですが、おふたりはラブコメの神に選ばれし幼なじみ。なのに、わたしのセンサーに引っかかりましぇんでした」


 嫌な予感がする。


「教室では他人のフリをしよう作戦だったのですか?」

「それはちがうんだ」


 本当の理由は言えない。けれど、ある程度は打ち明けないと、信用してもらえないだろう。


「小4の頃にさ、僕、恥ずかしくなって」

「恥ずかしいでしゅか?」

「うん、同じ年の女の子に弟扱いされてるんだよ。『あいつガキやろ』『萌音ちゃんのおっぱい吸ってんのかな?』みたいなこと言われたからね」

「あぁ、それはきついですね」


 近藤さんは眉根を寄せる。


「そんな事情があって、なんとなく萌音を裂け始めちゃったんだ」

「……と、年頃の男の子でしゅもんね」


 近藤さんが僕の気持ちをわかってくれて、罪悪感に駆られた。


 僕はすべての事情を話していないから。

 近藤さんに打ち明けた内容は本当のこと。けれど、もっと大きな理由があって、僕は萌音から逃げてしまった。


「それで、今月に入るまで疎遠だったわけ」

「にゃるほど。『疎遠だった幼なじみと~』系な関係なんでしゅね」


 意味がわからないけど、理解してくれたのなら問題ない。


「僕の話は以上なんだけど」

「……大空さん、最近、変わりましたよ」


 彼女は僕を見上げて言う。

 つぶらな瞳を前にして、僕は誤魔化したくなかった。


「少し前に嫌なことがあったんだ。ここ数年間、僕が目指してきたものを全否定されて、つらくなっちゃって……」


 正直、弱音を吐くような行為が正しいとは思えない。萌音に報告したら、叱られるかもしれない。それでも、ウソを吐きたくなかった。


「よしよし」


 頭に心地よいものが触れた。


 すぐに誰かに撫でられたのだと気づく。

 近藤さんが僕の頭に手を伸ばしている。


 萌音の手とは印象が異なる。萌音が包み込むようなママの手だとすれば、近藤さん

は僕と同じ目線で一緒にいてくれる存在というか。


「近藤さん、ありがと。気が楽になったよ」

「う、ウソでしゅよね?」

「本当だよ。近藤さんはバカ真面目な僕を否定しないどころか、共感してくれるから、すごくうれしいんだ」

「はわゎ」


 顔から湯気が出そうなほど真っ赤になっていた。


「話を戻すと、全否定されて悔しいと思ってたんだけどさ」

「は、はい」

「そんなときに萌音が声をかけてくれて、立ち直る勇気をもらったんだ」

「はうぅ、尊死」


 今度はうっとりする近藤さん。感情の起伏が激しい。教室とは別人みたい。


「萌音に手伝ってもらって、今、自分を改造してるところ」

「あぁ、納得しまちた。髪型なんかも天海さんのアドバイスだったんでしゅね」

「そうなんだ」

「しゅ、しゅごく良いでしゅ」


 噛んではいるものの、僕を褒めようとする気持ちは伝わってくる。


(保護欲がくすぐられるというか……)


 恥ずかしかったけれど、近藤さんの新たな一面を知ることができた。

 自己開示って大事なんだと実感させられていると。


「わ、わたしなんか――」


 近藤さんは深くため息を吐いて。


「自分を変えられないのに」


 彼女の声は諦めきっていた。

 僕はすぐに気を引き締める。


 ここで選択肢を間違ったら、彼女からの信用を失ってしまう。

 数秒、考えてから口を開く。


「自分を変えられない……なにかあったのかな?」


 彼女に話を聞いてもらった。だから、今度は自分の番。


「僕でよかったら、話を聞くよ」


 そのとき、図書委員が近くを通った。僕たちをジロジロ見て。

 図書室での長居も良くない。喫茶店にでも行こうか。


「ひ、ひえ。わたしごときの悩みに学年1位さんのお時間をいただくなど、恐れ多すぎて、ノーパンでテニスを――」

「ちょっと待って」

「と、とにかく、わたしは帰りまちゅので」


 近藤さんは慌てて本をカバンに詰め込む。


 僕はどう声をかけていいかわからず。

 黙って彼女が去っていくのを見送った。


「あれ? なんか忘れていったぞ」


 近藤さんの忘れ物は本だった。

 漫画だった。表紙が目に入る。若い制服姿の女子同士が抱き合っていた。

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