第5話 真面目くん、レベルアップ計画
冷たい緑茶で喉を潤す。ドリンクバーにしておいて、正解だった。
「論点を整理させてくれ」
「うん、納得できるまで付き合うからね。朝まででも」
「いや、さすがにそこまでは……」
「お姉ちゃん、昔みたいにつらたんの部屋にお泊まりしたくなっちゃった」
「なおさら、まずいだろ」
他人の目があるファミレスならともかく。
幼なじみが無防備すぎる。
「つらたん、反抗期……ぐすん」
本気で泣いてないとわかっていても、罪悪感が半端ない。のほほん系お姉さんのなせる技か。
「ごめん、僕が悪かった」
「えへっ。つらたん、かわいいね」
萌音が僕の頭を撫でてきた。横を通った大学生風の男が、『バカップルめ』と小声でつぶやく。
(すいません、幼なじみなんです)
なかなか話が進まない。
「僕のキャラはそのままで、スキルアップをする。成果が目に見えるようになれば、女子の評判も良くなり、カノジョができる確率も上がる。方針はそれでいいな?」
「うん、貫之くんは真面目なままモテる男になる」
互いの目を見て、うなずき合う。
「お姉ちゃんプロデュースで、弟を最強にかっこいい男にするんだからね」
お姉さんはニコニコである。
「モテまくりのいい男の子、どこにいますか? あっ、目の前にいるじゃないですか? あと何日か寝れば、カノジョもできますね」
ひとりで盛り上がる幼なじみ。
そんなに僕にカノジョができてほしいんだろうか?
彼女の笑顔を見ているうちに胸がチクリとした。
(いや、僕に萌音の態度を気にする資格ないだろ)
自分の気持ちから目をそらし。
「ところで、スキルアップの部分が曖昧なんだが」
紅茶を飲む萌音に言ってみた。
「スキルと言ってもいろいろあるだろ。勉強にかぎっても国語や英語、数学。もっと広げれば、運動や料理、トーク、バズりや映えなんかも立派なスキルだ」
スキルという言葉は便利だが、人によってイメージしているものが異なる。
たとえば、僕が見た目のスキルアップに努力したとする。一方、多くの女子が彼氏に面白いトーク力を求める可能性もあるわけで。その場合、スキルアップしてもカノジョができるとはかぎらない。
「そうねぇ」
萌音は顎に手を添え、天井を見る。
「貫之くん、コミュニケーション能力は普通にあるのよね。頭もいいから、あたしの言いたいことを理解してくれる。すごく話していて、楽なの」
「ありがとな。でも、僕に足りないものがあるんだろ?」
「お姉ちゃんは気にしてないけど、他の女子はちがうし」
萌音は言いにくそうにしている。
「お姉ちゃん、つらたんが大好きだから、つらいことも言うね」
「ああ。なにを言われても気にしない」
「貫之くん、真面目なのは素敵だけど、真面目すぎなところがあるの」
「また、そこになるんだな」
萌音は否定しているが、真面目がモテないのは事実なんだろう。
「貫之くんの真面目キャラの問題というより、表情かな」
「表情?」
「休み時間、いつも難しい顔をして勉強してるか、本を読んでるんだもん。普通の女子からしたら、近づきにくい雰囲気があると思うのよね」
思わず、眉が動いてしまった。
「僕は真面目に勉強してるだけなんだけどなぁ」
「お姉ちゃんは理解してるよ」
「萌音の気持ちはありがたいが、切ないっていうか」
ふたりして沈黙すること、1分ほど。萌音が手を叩いた。
「アイドルで考えてみてほしいの」
「ああ」
「歌にくわえて、ものすごく激しいダンスをしてるよね」
「汗びっしょりなのに、笑顔でやってるよな………………あっ」
「さすが、つらたん。気づいたのね」
萌音が微笑を浮かべる。裏でなにを考えているか知らないが、彼女の笑顔もヒントだ。
「アイドルは一生懸命にパフォーマンスに打ち込んで、たとえ、苦しくっても絶対に笑顔を崩さない。僕も真似をすればいいってことか?」
「100万点でーす!」
そこまでの点をくれるなんて萌音だけだと思う。
「貫之くんは真面目なままでいい。まず、笑顔から練習して、親しみやすくなれば周りの印象も変わってくるよ」
「萌音師匠もいつも笑顔だもんな」
萌音さんはお姉さん系巨乳美人という外見的特徴にくわえ、笑顔なのも人気の秘訣なのかもしれない。
「あたしの場合は小さい頃からのキャラだし、意識してないのよね」
そういえば、生まれながらのお姉さんキャラだった。
「笑顔の他にもモテるためのスキルはいくつかあるの」
「そうなのか」
「でも、教えたら、貫之くん一度に全部やろうとするでしょ?」
「うぐっ」
「体を壊すかもしれないし……他のスキルは状況を見ながら、選んでいけばいいと思うの。まずは笑顔からやってみましょう!」
「お願いします、師匠」
「師匠って呼ばれちゃった。えへっ」
なぜか、うれしそうだ。
「これからは、お姉ちゃん師匠だねっ」
「師匠はともかく、同じ年なんだが」
「学年は同じでも、生まれた年はちがうよ」
萌音は4月生まれで、僕は1月だ。本来、弟扱いされるのも変なんだが。
「それとも、つらたん、お姉ちゃんの弟はイヤなの?」
泣きそうな目で見つめられたら、弟でもいいかと思ってしまう。
「はいはい、お姉ちゃん」
「むぅ、バカにされてる気がしまーす」
萌音はテーブルに突っ伏す。豊かな双丘が圧迫され、形を変える。
慌てて目をそらす。
「つらたんにカノジョができますように」
幼なじみは顔を上げる。怒ったように見せかけて、満面の笑みだった。
「そうだな。高校在学中にカノジョをつくって、神楽坂さんを見返してやる」
復讐心でカノジョがほしいだなんて、相手に失礼かもしれない。
「つらたん、その調子だよ」
疎遠だった大切な幼なじみと昔みたいな関係になれたんだ。今は見逃してくれると助かる。
「つらたん、今日は6年分のお話をしましょ」
「いいけど、遅くなりすぎたら、親に怒られるだろ。21時になったら、帰るからな」
「……朝までかかるし、絶対ムリ。つらたんの部屋にお泊まりしまーす」
腕をがっつりつかまれてしまった。
どうやら幼なじみは離してくれないようだ。
昔と変わらないんだから。胸の感触以外は。
その後、結局、僕の部屋に移動する羽目に。もちろん、互いの親から許可を得てだ。
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