第五章 私達の夢
5-1 戦いの前に
夜景を見ながら食べるパンは、何とも不思議な感覚だった。
たまごサンドやクロワッサン、カレーパンやメロンパンに、クリームパン。食べ歩き事件で反省したはずなのに、結局あれもこれもと買ってしまったのだ。
パンはどれも美味しかったのだが、特にふわっふわのたまごサンドはたまらなく、「今度サンドイッチのお店を探してみよう」と密かに思う侑芽夏だった。
翌日の朝食ビュッフェは流石に控えようと思っていた。
しかしせっかくのビュッフェである。水琴の「デモ、アタシラ、フトラナイタイシツダヨ」というカタコトの宣言によりすべてが崩れ落ちた。「今日は和で攻める」と温泉卵や味付け海苔、塩鮭などをおかずにご飯を食べる侑芽夏。昨晩あんなにパンを食べたのにパンやフルーツばかり食べる水琴。「両極端だねぇ」なんて言いながらの朝食は変に楽しくて、時間はあっという間に過ぎていった。
……というのが、残りの旅行の思い出である。
そこからはバタバタと帰り支度をし、カエデミュージックの事務所へと直行した。そこで待ち受けていたのは、
「古林さん、君嶋さん。新しい曲、完成しましたよ!」
――という、思った以上に晴れやかな顔をした昼岡さんだった。
驚くことに、昨晩送ったばかりの歌詞と、『キミの瞳にユメは映る』のアンサーソングのようにしたいという要望を聞いて、すぐに作りたい気持ちになってしまったらしい。
誰一人として、急に新しい曲で挑みたいと言い出した二人に呆れてなどいなかった。むしろ、二人のやる気に負けないくらい、Lazuriteの音楽チームは一丸となって燃え上がっていたのだ。
緊張しながら提案した曲名、『君の世界で夢は輝く』も、
「『君の世界で夢は輝く』……良いじゃないですか。まだ曲を聴いていただく前だというのに、こんなにしっくりくるのも凄いことですよ」
と、昼岡さんが太鼓判を押してくれた。
他の誰でもない、デビュー曲から支えてくれている昼岡さんの言葉だ。こんなにも嬉しいことはなくて、侑芽夏は思わず水琴と顔を見合わせてしまう。
まるで、止まっていた時間が一気に加速していくようだった。
水琴と二人で考えた曲名と、水琴の歌詞、昼岡さんのメロディー。その三つが合わさった瞬間に、ゴールが見えたような気がした。
アイリの驚く顔が見てみたい。
――なんて、今までの侑芽夏だったら恐縮して思うことすらできなかっただろう。でも、はっきりと思うことができたのだ。
きっと――いや、絶対に。
自分達の楽曲が、『娯楽運びのニンゲンさん』を彩るオープニングテーマになるのだと。
侑芽夏はそっと、確信していた。
***
まずは後日行われるレコーディングまでに、完璧に歌いこなせるようにならなければいけない。
そのために、また原作を一巻から読まなければ! と侑芽夏は思っていた。もう何回読んでいるのだろうという話だが、読みたいのだから仕方がないではないか。家でじっくり、『娯楽運びのニンゲンさん』の世界観に浸ろう。
……と、思っていたのだが。
その前に、しなければいけない大事なことがある。
――宗太とも、ちゃんと三人で話したいからさ。
いつになく真面目な水琴の言葉が脳裏に浮かぶ。
侑芽夏と水琴が打ち解けて、音楽チームとも一丸となって前に進もうとしている今。あと一つ足りないことと言ったら、宗太のことだった。
「ただいまー」
「あっ、お姉ちゃんおかえり。何かお土産とか……あれ、侑芽夏さんもいる」
一度自宅に旅行用のリュックを置いてきてから、侑芽夏は水琴とともに君嶋家に訪れる。何だかんだ、宗太に会うのも久しぶりのような気がした。
「宗太くん、こんにちは」
「こ、こんにちは! あ……えっと、僕……宿題でもやってようかなっ」
不自然に目を泳がせる宗太。
もしかしたら、宿題という名の漫画を描いていた途中だったのかも知れない。
「あー、ごめん宗太くん。実は、その」
「ユメを連れてきたのは、宗太にも用があるからなの。宿題ならあとで付き合うからさ、ちょっと良い?」
そそくさと立ち去ろうとする宗太を呼び止めると、宗太は不思議そうに首を傾げた。まさか自分に用があるとは思っていなかったのだろう。
「い、良いけど……僕の部屋、今散らかってるから……」
宗太は困ったように眉根を寄せる。どうやら漫画を描いている、ということで確定のようだ。侑芽夏は一瞬だけニヤリとしてしまってから、慌てて表情を隠す。
「別にリビングで良いんじゃない?」
「あ、そっか。そうだよね。あははー」
侑芽夏の提案に、宗太は安堵したように食い気味に頷いた。
その隣で、
「ねぇ、あたしの部屋っていう案にはならないの?」
と、水琴が呟いていたような気がする。
水琴の部屋は、宗太の言う「散らかっている」とは違う、本当の意味でのごちゃごちゃっぷりだ。どうやらそれは弟にとっても周知の事実だったらしい。
「ないよ」
「うぅ……」
きっぱりと言い切る宗太に、水琴は心底落ち込んだように情けない声を漏らすのであった。
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