第三章 ユニットである意味

3-1 君嶋水琴モード

 全国を回るリリースイベントに、ラジオやネット番組へのゲスト出演。

 ミニアルバムを発売してからというもの、Lazuriteとしての仕事は多忙で、気付けばあっという間に六月に突入していた。


 その間にも、アニソン戦争への準備は着々と進んでいく。

 つい先日『peace sign TREASURE‼』のレコーディングも行われて、あとは本番を迎えるだけという状況だ。

 ちなみに、アニソン戦争のあとにレコーディングをする場合も多いらしい。アニメタイアップを勝ち取れない=その曲をお蔵入りにするアーティストもいる、というのがその理由だ。


 水琴も当然のように負けたらお蔵入りにするつもりだったらしく、一度は「レコーディングは良いんじゃない?」と言われてしまった。

 しかし侑芽夏としては、ちゃんと『peace sign TREASURE‼』を自分達の楽曲として馴染ませておきたかったのだ。


「私は、後悔しないやり方の方が良いって思うから」


 という侑芽夏の言葉に、水琴はやっとの思いで頷いてくれた。


 ――これなら絶対、いける……!


 レコーディングが終わった直後のこと。

 侑芽夏の胸に宿るのは確かな自信だった。

 あの日弱音を吐いた水琴の姿にいったいどこに行ったのかと思うほど、彼女は歌い始めた途端に「君嶋水琴」になった。侑芽夏がついて行くのに必死になってしまうくらいに、水琴の歌声は生き生きとしていたのだ。


 大丈夫。

 きっと、気持ちさえ前向きになってしまえば私達は無敵なのだと。侑芽夏は恥ずかしげもなく思っていた。


 今日は最後のリリースイベントの日。

 と、同時に――『娯楽運びのニンゲンさん』のキャストが発表された日でもあった。侑芽夏達はアニソン戦争で『娯楽運びのニンゲンさん』に関わっているが、キャスト情報などを事前に知らされている訳ではない。

 むしろ、


(あ、そっか……。もうとっくに、声優オーディションは行われてた訳かぁ)


 今更そんな事実に気付いてしまうレベルだった。

 オーディションの話すら来なかった侑芽夏は、何となく落ち込んでしまう。

 侑芽夏だってもちろん声優の仕事はある。しかし最近はLazuriteとして仕事が活発すぎるのも相まって、声優としては地味な印象は拭い切れなかった。


(キミは今レギュラー三本で、一つはメインヒロインだっけ。良いなぁ)


 リリースイベントが始まる一時間ほど前。

 侑芽夏はスマートフォンでキャスト情報を確認しながら、楽屋で一人ため息を吐く。侑芽夏が憧れる先輩声優や、アーティストとして活躍する人気声優など、キャスト欄からしてオーラに溢れていた。


 そんな中、メインヒロインのセレナの担当声優に侑芽夏は驚いてしまう。

 侑芽夏が所属する声優事務所の「シグナル・ナイン」の後輩の、鈴谷すずやさとわ。侑芽夏の記憶違いでなければ、彼女はまだ十四歳の中学生のはずだ。


(はあぁ。凄いな、皆……)


 子役から活躍する水琴も、人知れず努力を重ねる宗太も、そしてメインヒロインに抜擢された後輩のさとわも。

 若くして才能があるのが当たり前の世界で、侑芽夏は瞬く間に大学生になってしまった。

 とは言いつつも、自分だってまだ十代だ。

 自分にはまだまだ未来があって、声優としても、Lazuriteとしても、もっと輝いていける。


 きっと、アニソン戦争が大きな第一歩となるのだ。

 そう信じながら、侑芽夏はそっとスマートフォンから視線を外す。

 するとそこには、いつになく元気のない顔をした水琴が立っていた。



 ***



 最後のリリースイベントは駅前広場で行われる。

 今まではCD購入者から抽選で招待というスタイルだったが、今回は観覧フリー。つまりはLazuriteのことを知らない通りすがりの人もいる訳で、言わばファンを増やすチャンスでもある。


 それに、今回はミニライブコーナーもあるのだ。

 つい最近レコーディングはしたものの、Lazuriteとして人前で歌を披露するのは随分と久しぶりだった。

 お渡し会ではまったく緊張しないはずなのに、自然と鼓動が速くなっていく。アニソン戦争のこともあるし、興味本位でLazuriteのステージを観に来た、という人も中にはいるのかも知れない。


 ――キミもまだ元気がないみたいだし、私が引っ張らないと……!


 決意を胸に宿らせながら、侑芽夏は水琴とともにステージに立つ。

 思った以上に人が集まっているし、前の方の席にはみそおでんくんを始めとした見慣れたファンの人達の姿もある。

 ほっと一安心しながら、侑芽夏は隣に立つ水琴の姿を見た。


(…………っ)


 元気がないように見えたのは気のせいだったのだろうか。

 そう思ってしまうほどに、水琴はまっすぐ侑芽夏を見つめ、微笑を浮かべている。侑芽夏が気付かないうちに、彼女は「君嶋水琴」モードに切り替えたようだ。


(……そっか。そうだよね)


 彼女のプロ根性を侮ってはいけない。

 小さく頷いてから、侑芽夏は客席を見渡す。

 水琴の気持ちに寄り添うように、侑芽夏はマイクをぎゅっと握り締めた。

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