3-2 リリースイベント・ミニライブ編
ミニライブの一曲目は、アルバムの表題曲でもある「宝石girl」だ。
イントロが流れるとともに歓声と拍手が巻き起こり、侑芽夏は思わずニヤリと笑った。この曲はLazuriteの中でも格好良さに全振りした曲だ。デジタルロック調のメロディーに自然と観客の身体は動き、こぶしを挙げたり手拍子をしたりしている。
時刻は午後一時。
まだペンライトを点けるような暗さではなく、観客の盛り上がり方も様々だ。
しかし、ライブでは初披露とは思えないほどにノリは良く、侑芽夏は確かな手ごたえを覚える。
そして、何よりも。
隣で歌声を響かせる水琴の何と頼もしいことか。
ダンスは苦手と言いながらも侑芽夏よりキレがあるし、ハモりだってそつなくこなす。表情だって歌詞に合わせて絶妙に変えてきて、曲の世界観が広がっていく。
元々は可愛らしい歌声をしているはずなのに、この時ばかりはクールな格好良さに溢れていた。自分だって負けられないと思ってしまうほどに、彼女の歌声は進化し続けている。
その後もミニアルバムの新曲を披露してから、軽くMCを挟んだ。
「皆、新曲はどうだったかな~?」
と侑芽夏が訊ねると、温かな歓声と拍手が包み込んだ。
よく目を凝らしてみると、親子連れらしき人も拍手してくれているのが見えた。初見さんだろうか。嬉しくなって、侑芽夏は大袈裟に手を振ってみせる。
「ちょっとユメ。せっかく格好良い衣装なのに、ヘンテコなポーズしないでよ」
「いやいやキミ。今回は初見の方もいるんだよ? もっとアピールしなきゃ!」
言いながら、侑芽夏はまた客席に手を振る。
今回の衣装はミュージックビデオでも着用したメタリックなドレスだった。宇宙をイメージしたようなデザインだが、実は侑芽夏と水琴で少しだけ違う部分がある。
「……キミだけへそ出しなのは年の差のせいかな……」
「いや、急にネガティブな発言しないでよ」
水琴がジト目でこちらを見てくる。
衣装の違いはへそ出しかそうじゃないか、の違いだった。別にスタッフの判断という訳ではなく、「そろそろへそ出しはちょっと……」と自分からNGを出したのが原因ではある。
しかし水琴的にはNGではなかったらしく、こうして衣装の違いが出来上がった、という訳だ。
「ユメってさぁ、大学生になった途端に年齢気にしすぎじゃない?」
「うっ。……それは、まぁ……。元々高校生声優ユニットで始まった訳だし……」
「ふぅん。まっ、別にどうでも良いけど」
「おうふ、冷たい……」
密かに傷付く侑芽夏の耳に届くのは、観客からの「まだ若いよー」「大丈夫だよー」の声。思わず浮かべそうになる苦笑を隠しながらも、
「さぁ皆、ミニライブの後半戦、いっくよー!」
と、侑芽夏はとびっきり明るい声を出す。
「あ、無理矢理切り替えた」
ぼそりと呟かれる水琴の言葉をスルーして、侑芽夏は客席だけを見つめる。
――次にこの光景を見るのは、アニソン戦争なんだ。
そんなことを思いながら、侑芽夏は気分を変えるようにマイクを両手で握り締めた。
ライブパート後半戦は既存曲中心のセットリストだった。
セカンドシングルの「トラブルラベル!」は二人の声優力を存分に発揮した、わちゃわちゃと楽しい人気曲だ。所謂「喧嘩するほど仲が良い」がテーマの楽曲で、間奏部分にはこれでもかというほどにセリフが詰め込まれている。
早口言葉的な要素もあり、実は侑芽夏が苦手としている曲でもあった。だけど水琴は驚くくらいに完璧で、侑芽夏も負けるもんかという気持ちにさせられる。だからこそ、こんなにも盛り上がる楽曲なんだろうな、と侑芽夏は思った。
その後もアップテンポのカップリング曲を披露してから、ライブパート最後の曲のイントロが流れ始める。
Lazuriteのデビューシングル「キミの
シンフォニックで爽やかで、これから様々な夢が始まるのだという希望が込められた楽曲だ。一年経ってようやく辿り着いた「宝石girl」とは違う、どこか背伸びをしたようなこの曲は、今までたくさんの人の背中を押してきた。
ファンの人もそう、自分達もそう。
聴けば聴くほどに、そのまっすぐな歌詞に勇気をもらえる。
楽曲提供をしたのは、『peace sign TREASURE‼』をプロデュースしている昼岡しおりだ。一番の盛り上がりを見せる「トラブルラベル!」も彼女のプロデュースで、侑芽夏も信頼しているクリエイターと言えるだろう。
観客の表情を見ていると、やっぱり昼岡しおり楽曲の力は凄いものだと感じる。
まだ一年ちょっとの活動ではあるものの、Lazuriteと昼岡しおりのタッグはファンの中で特別なものになっているのかも知れない。
そんな彼女の曲で、アニソン戦争に挑むのだ。
(ねぇ、キミ。きっと大丈夫だよ。私達と昼岡さんの曲なんだもん。きっと……絶対、大丈夫)
そんなことを思いながら、侑芽夏は水琴とアイコンタクトを交わす。
楽曲の魔力なのだろうか。
水琴も同じことを思ってくれているような気がした。
――本当に、ただの魔力だったのかも知れない。
元気がないように見えた水琴は、ステージ上では完璧だった。MCだっていつも通りだったし、非の打ち所はまったくない。
多分きっと、気のせいだったのだろう、と。
思っていたのに。
「…………ん、何か言った?」
「いやだからね、改めて初披露の感想を……」
トークパートになった途端に、水琴はぼーっとし始めた。プライベートならともかく、イベント中で気を抜いている水琴の姿を見るのは初めてかも知れない。
「いやはや~、ごめんね皆。久々のライブだったから緊張しちゃったみたいでさぁ」
咄嗟に言い訳をする水琴だったが、その表情はあからさまな愛想笑い。
確かに水琴の特技は愛想笑いだ。でも、こんなにも「無理してますよー」感がだだ漏れの笑顔は初めて見たような気がする。
子役から活動してるから猫を被るのは得意で~、といつも自虐的に言っているあの水琴が。どんな時でも完璧な君嶋水琴が。
少しずつ、崩れていく。
勘の良いファンは気付いているだろうから、客席を見ることはできなかった。
ただ一つ、わかることがある。
このイベントが終わったら、きっと何かが起こるだろう。
そんな悪い予感が、ずっと胸に渦巻き続けていた。
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