5-6 隣にいるから
「さて、今回Lazuriteのお二人が披露するのはどのような楽曲なのでしょうか?」
「はい、ええと……」
ちらり、と横目で水琴を見る。
どうやら客席にいる父親の姿を水琴も見つけてしまったようで、若干頬が赤くなってしまっていた。侑芽夏は内心苦笑しつつ、マイクを握り締める。
「今回披露させていただくのは、『君の世界で夢は輝く』という楽曲になります。冴えないサラリーマンだった主人公の竹田が、異世界での出会いや娯楽を通じて新しい自分を見つけていく。そんな、夢と希望を詰め込んだメッセージソングになっています」
「『君の世界で夢は輝く』……なるほど、デビュー曲の『キミの瞳にユメは映る』を彷彿とさせる曲名ですね」
「あっ、はい! 実を言うと、始めはメロディーも歌詞もまったく違う曲で挑む予定だったんです。でも、キミ……君嶋さんが書いた歌詞がきっかけで『君の世界で夢は輝く』が生まれました。『キミの瞳にユメは映る』から色んな経験をして、乗り越えてきた私達だからこそ歌える曲だと私は思っています」
意気揚々と楽曲の説明をする侑芽夏だったが、隣の水琴の頬がますます赤らんでしまっていることに気が付く。
「まさか、ここまではっきり経緯を語られるとは思わなかったんだけど」
「ご、ごめん」
「……まぁ、良いけど」
一瞬だけ侑芽夏に刺々しい視線を向けてから、水琴は小さく咳払いをする。それからすぐに客席を見渡した。
「確かに今回、あたしは作詞に挑戦しました。でもやっぱり、あたしだけでは力不足な部分も多くて……。デビュー曲からお世話になっている昼岡しおりさんと協力しながら歌詞を完成させました。作曲と編曲も昼岡さんで、自信を持って皆さんにお届けできる楽曲に仕上がったと思っています」
水琴はしっかりとした声色で言い放ち、さっきまでの照れを吹き飛ばすような堂々とした笑みを見せる。その瞬間、侑芽夏はそっと息を呑んだ。
たった今、君嶋水琴のスイッチが完全に切り替わった。
――なんて言ったら、水琴は心外に思うかも知れない。「あたし、ステージに立った瞬間からちゃんと切り替えてますけどぉ?」とでも言われてしまいそうだ。
自分の翡翠色の瞳と、水琴の胡桃色の瞳が交わり合う。
ただそれだけで、自分の気持ちも引き締まるようだった。何も言わずに見つめてくる水琴に、侑芽夏は微かな頷きを返してみせる。
アナウンサーにもその空気は伝わったようで、「さて、皆様。心の準備はよろしいでしょうか――」と進行をしてくれた。
ついに幕を開ける。
自分のものだけではない。これは、たくさんの夢が乗っかったステージだ。
照明が暗くなり、二つのスポットライトに照らし出される。
客席のペンライトの色は侑芽夏の赤色や水琴の水色もちらほらと灯っているが、基本的にはラズライトのイメージである青色が多かった。自分達のイベントでよく見かける光景だ。ついに始まったのだと高鳴る鼓動を落ち着かせるにはちょうどいい光景かも知れない。
やがて流れ始めるイントロは、ヴァイオリンの音色を中心に彩られた、優雅で壮大なメロディーだった。シンフォニックと一言で表現すると、『キミの瞳にユメは映る』とイメージが被るかも知れない。
しかし、デビュー曲では爽やかで初々しい印象が強かったが、今回は完全に『楽しさ』を意識した楽曲だ。
長めのイントロの間、侑芽夏と水琴は身体を揺らしながら笑顔で客席に手を振る。時々水琴とアイコンタクトを交わすと、顔をくしゃりとさせながら笑った。なんて無邪気で可愛らしい笑みなのだろう。余裕どころか、このステージを楽しむ気満々のようだ。
――それなら、私も負けられない。
見ている人を笑顔にするような曲にしたい。
その思いは、『peace sign TREASURE‼』の時から変わっていない。
――あとは歌声に乗せるだけだ。
水琴と目を合わせて、侑芽夏は歌い始める。
Aメロで描かれているのは『出会い』。何もないと思っていた主人公が、希望の光を見つける部分で、まだどこか弱々しい姿が見え隠れするパートだ。
侑芽夏の武器は声量で、力強さが魅力だとファンからもよく言われる。しかし、ここでその実力を出す訳にはいかない。むしろ出すべきものは、声優としての侑芽夏の力だ。
歌詞の一つ一つに想いを込めながら、侑芽夏はデビューしたばかりのような初々しい気持ちに包まれる。声量を抑えて、敢えて吐息を多めにして、だけど希望へと向かうような明るさもあって。
正直難しいな、と思った。でも、楽しい気持ちだけでは決して成立しないのだ。そう思わせてくれるような曲を、水琴と昼岡さんが作ってくれたのだから。
Bメロでは水琴が甘い歌声を響かせる。
Bメロは転調があり、歌詞をモリモリに詰め込んだ早口のパートだ。早口言葉は水琴の得意分野であり、歌声も表情もまったくブレることがない。
夢という名の「未来にある様々な可能性」を前向きに歌っていて、聴いているこちらまでポジティブな気持ちにさせてくれる。
そして、サビではそんな二人の歌声が重なった。
Aメロでは抑えていた歌声を開放させ、どこまでも響くような高音を披露する。そこに違和感なく絡み合ってくる水琴の歌声が心地良い。どちらかというと「格好良い」に割り振られる侑芽夏の歌声と、可愛さ全開の水琴の歌声。アンバランスなようだけどそんなことは全然なくて、楽しさと明るさを加速させる。
――彼女が隣にいるから、この曲は成立する。
だから私はここにいられるのだと、侑芽夏は歌いながら思うのであった。
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