5-5 勝負の幕開け
時刻は午後六時。
ついに、『娯楽運びのニンゲンさん』のアニメタイアップ争奪戦――通称、アニソン戦争が幕を開けた。
まずは監督や原作者、キャストが登壇してトークコーナーが始まる。
トークコーナーの間は楽屋で待機をしているのだが、ある意味この時間が緊張のピークなのかも知れない、と侑芽夏は思った。監督は一度だけゲストキャラクターとして出演した作品で一緒になったことがある人で、アニメファンの間でも「この人が監督なら安心」と言われている人だ。
原作者の京ケン先生とは、実際に合うのは今回が初めて。すらりと背が高く、唐茶色のツーブロックに三白眼という一見怖い容姿をしているが、普段からニコニコしているためそのイメージは薄れやすい。というより普通にイケメンで、俳優だと言われても信じてしまうくらいだ。年齢は四十歳らしいのだが、正直二十代でも通用しそうだな、と思った。
「京ケン先生、特番で何て言ってたんだろうね」
すると、意外と緊張していない様子の水琴がぼそりと零す。
反射的に侑芽夏は「あぁ」と渋い声を出してしまった。リアルタイムで見逃し、録画したのを観ようと思っていた京ケン先生の特番。せっかくだから宗太と三人で観よう、と思っていたのだが、
「……ホントにね」
自分の顔が青ざめるのを感じる。
結局のところ、特番を観ることはできていなかった。
というのも理由があり、横浜旅行から帰った時、プロデューサーや昼岡さんを始めとした音楽チームに「絶対に観ない方が良い」と言われていたのだ。
「あのあと、マネージャーさんにも念押しされたんだよね。観るのはアニソン戦争が終わってからの方が良いって」
「あ、それあたしも。プロデューサーさん達に止められたんだーって話をしたら、妙に納得した顔で頷かれてさぁ」
言いながら、水琴は大きめのため息を零す。
この話題はこれ以上いけない。心の中では理解しつつも、思い浮かべてしまった言葉を留めておくことはできなかった。
「やっぱり、京ケン先生は月影さんを推してるって感じなのかな」
「それは言わないで」
「……ごめん」
当然のように、水琴の声が低くなる。
世間的には月影アイリの方が注目されているし、そっちの方が盛り上がることもわかっている。でも、それをひっくり返すから面白いのではないか、と侑芽夏は思うのだ。
「私達らしくやろ、ね?」
ぎゅっと水琴の手を握り締める。
水琴はこちらを見ないまま、力強く握り返してくれた。
その後は原作やキャラクターの紹介に、初公開のPV公開、そしてこれから始まるアニソン戦争の説明があった。
アニメPVをバックに、まずはテレビサイズで披露し合い、そのあとにフルサイズでも披露する。投票はアニメ制作サイド、原作者、観客の全三票だ。侑芽夏も客として観に行ったり、レーベルの先輩の応援で訪れたり……何度もアニソン戦争の経験はある。
でも、やはり出場する側では気持ちが全然違った。
PVが流れているタイミングで侑芽夏と水琴はスタンバイを始め、ステージへ向かう。今日のLazuriteの衣装は『キミの瞳にユメは映る』とまったく同じで、赤と水色を基調としたアシンメトリーなワンピースだった。
赤は侑芽夏のイメージカラーで、水色は水琴のイメージカラーだ。情熱的な侑芽夏と、冷静な妹キャラの水琴。デビューしたばかりの頃に、「キミ」と「ユメ」というあだ名と同じタイミングで決めたもので、今思うと少し恥ずかしい。
自分だって情熱が空回りすることもあるし、水琴に至ってはまったくもって冷静キャラではない。
「行くよ、ユメ」
――いや、そんなことないか。
舞台袖で冷静な視線を向けてくる水琴に、侑芽夏はそっと微笑む。自分はそれなりに緊張していたのに、水琴はそんな素振りを一切見せない。
一度進み出した水琴は、どこまでも頼れる相棒だと思った。
***
キャスト陣が捌けると同時に、侑芽夏と水琴がステージに立つ。しかし、アイリはまだ袖で待機したままだった。
つまり――先攻はLazuriteということだ。
ステージ上には司会のアナウンサーと、審査員の監督と原作者の京ケン先生がいる。ただそれだけで妙な威圧感に包まれていて、侑芽夏の顔はついつい引きつりそうになってしまう。
「先攻はあたし達、Lazuriteです~! あっ、LazuriteのTシャツの人もちらほらいる。皆ありがと~っ」
一方で水琴は大きく手を振りながら笑みを振りまいていた。
笑顔を崩さないどころか客席を見る余裕まである水琴の姿に、侑芽夏は本気で感心した視線を向けてしまう。
「ということで、先攻はLazuriteのお二人なのですが……これまた両極端と言いますか、古林さんの緊張が凄そうですね」
更には司会のアナウンサーにも突っ込まれてしまう始末。
そんなにも顔に出ていたのだろうかと、侑芽夏は咄嗟に両頬に手を当てる。すると「可愛い~」という声が客席から聴こえた気がした。
あの声はもしかしたらみそおでんくんだろうか。素直に嬉しいし安心もするが、「今日はそういうイベントじゃないけどねっ」と心の中で突っ込みを入れる。
「す、すみません。憧れのアニソン戦争に出られたんだと思うと、色んな想いが込み上げてきてしまって……」
「古林さんは声優デビュー前、アニソン系のオーディションに多く出られていたという経緯があります。アニソン戦争にはそれだけ特別な想いがあるんですよね」
「あ、いや、その……その話は良いんですよ。今日は声優ユニットのLazuriteとして出ているので。ね、キミ?」
アナウンサーの質問から逃げるようにして、侑芽夏は水琴に話題を振る。
確かにアニソン戦争には憧れていたし、アニソンを歌うことをずっと夢見てきた。でも、自分にアニメソングを歌うチャンスが訪れたと思っている訳ではないのだ。
このアニソン戦争には、水琴と一緒に出ることに意味がある。
アニソンデビューをするのだという気持ちより、自分達の夢を叶えるのだという気持ちの方が強いのだ。自分と、水琴と、宗太と、茜と、自分や水琴の家族と……。考え始めると止まらなくなるくらい、感謝したい人で溢れている。
「『娯楽運びのニンゲンさん』のオープニングテーマを勝ち取る。あたし達はただ、それだけのためにここに立っているので」
水琴はさらりと言い放ち、ドヤ顔にも近い笑みを侑芽夏に向けてくる。
客席はふうぅぅ、と盛り上がり、自然と拍手が巻き起こった。相手はレーベルの先輩のアイリだというのに、強気な発言をしていると思っているのだろうか。でも、自分達は決して無理をして強気な発言をしている訳ではないのだ。
「そうなんです。もう高校生ユニットだった頃の私達とは違いますから。……絶対に、皆さんを満足させる曲をお届けします」
言いながら、侑芽夏は審査員席にいる京ケン先生をちらりと見つめる。
自分でも不思議に思うくらい、心はだんだんと落ち着き始めていた。きっと、いつも通りの姿で隣に立ってくれている水琴がいるからなのだろう。
「古林さん、目の色が変わりましたね?」
「あはは……何とか私らしくなってきたかも知れません。これで安心して本気を出せます」
侑芽夏はぐっと握りこぶしを作ってみせる。
真似をするように、水琴もガッツポーズをする――かと思いきや、そのまま侑芽夏とこぶしを突き合わせた。横浜旅行の時に買ったラズライトのブレスレットも一緒に揺れて、侑芽夏は思わず水琴とともにニヤリと笑ってしまう。
「ちょっとキミ。こういうのって普通、舞台袖でやるやつでしょ」
「まーまー細かいことは気にしないの。ファンサービスファンサービス」
得意げに胸を張りながら、水琴は客席に目を向ける。
釣られて侑芽夏も客席を見つめた。宗太の姿はなかなか見つけられないから、きっと後方の席なのだろう。逆に君嶋家の父親の姿を発見してしまい、目が合うとついつい小さくお辞儀をしてしまった。
もちろんLazuriteのファンの姿もあり、侑芽夏の心はますます安堵感に包まれる。
ファンの中には「ユメバヤシ」時代から応援してくれている人もいて、もっと言えば「ユメバヤシ」時代の戦友からも「観に行くよ」と連絡をもらったくらいだ。
アニソンシンガーを目指していた侑芽夏を知る人がいて、侑芽夏と同じ夢を追っていた人もいる。
――あぁ、やっぱり負けたくないな、と。
色んな想いが混ざりに混ざって、侑芽夏は改めてそんなことを思った。
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