エピローグ3
「侑芽夏さん」
すると、そわそわした様子の宗太に声をかけられた。
今日、宗太には大きなミッションがあるのだ。ちゃんと支えなければ、と侑芽夏はすぐに表情を引き締める。
「あっ、ごめんごめん。話したいことがあったんだよね」
「それもそうなんだけど、ええっと……。な、なんなら、僕が膝枕してあげても良いけど……」
「……ふぇっ?」
――か、可愛い……っ!
真っ先に思い浮かんだ感想は、酷くストレートなものだった。
多分「漫画家になりたいんだ」と水琴に伝えるために原稿を持ってきたのだろう。重そうに両手で抱えながら、恐る恐るといった様子で上目遣いをされてしまったものだから、一度引き締めたはずの表情が一気に崩れてしまった。
「も、もう、宗太くん。あんまり年上をからかわないの。そういうのは私なんかじゃなくて、クラスメイトの女の子に言ってあげなよ」
「そっか。…………ユメちゃんだから言ったんだけどな」
「ん? 私だから……何?」
「んーん、何でもない」
本気で残念そうに眉をハの字にする宗太。
一方で、侑芽夏は首を傾げる――素振りだけした。いくら小声で言われても、目の前で呟かれてははっきりと聞こえてしまうのだ。
(宗太くん、あざといなぁ)
中学生相手に、不覚にもドキドキしてしまった。
侑芽夏はそっと胸に手を当て、深呼吸をする。しかし、なかなか鼓動は治まってくれなかった。
何故だか、嫌な予感がする。
「ねぇ、ちょっと」
「……っ!」
ビクリ、と肩が震える。
そう、この状況でブラコンの水琴が黙っているはずがないのだ。「膝枕してあげても良いけど」と言い出したのは宗太だが、始めに膝枕の名前を出してしまったのは侑芽夏だ。宗太大好きな水琴は今、嫉妬の感情に支配されているに違いない。
――と、思っていたのだが。
「宗太。それって……何?」
水琴はベッドから降り、宗太に近付く。
もちろん、水琴が言う「それ」とは宗太の持っている原稿のことだ。声のトーンはいつになく真面目で、侑芽夏は「まさか」と思う。
「あ、うん。それなんだけど。……僕、二人に見せたいものがあるんだ」
言いながら、宗太は侑芽夏と水琴、それぞれに原稿を手渡す。
自分にも原稿を渡されるとは思っていなかった侑芽夏は、戸惑いながらも受け取った。
「これ、は……」
「僕が描いたんだ。僕、実は漫画家になりたくて。……今まで黙ってて、ごめんね」
「…………」
水琴はただただ無言で原稿を見つめている。
しかし、それは侑芽夏も同じだった。ちらりと水琴の様子は確認したし、きっと宗太の夢を初めて知ったのだろうと思う。でも、それよりも原稿の方に意識が持っていかれてしまった。
その原稿は、前に見せてもらったファンタジーもの――ではなかったのだ。
出てくるのは、ハーフツインテールの女の子と、ロングヘアーで姫カットな女の子。ステージの上で歌っていて、バックにはファンタジーもののアニメ映像が流れている。笑顔で歌い、時々視線を合わせ、最終的にはスポットライトを浴びて涙を流す。
まるで、昨日の光景がそのまま漫画になったような作品だった。
「僕にできることはなんだろうって、ずっと考えてたんだ」
なかなか言葉が出てこない二人の代わりに、宗太が口を開く。
思わず原稿から目を離すと、そこには想像以上に力強い宗太の姿があった。
「お姉ちゃん達を信じること。それが、僕にできることだなって。そしたら、筆が勝手に動いてて……。ただの想像で描いたから、衣装とかは違うんだけど。……どうかな?」
訊ねながらも、宗太は不安げな顔を一切見せない。
その表情は、まるで「アニソン戦争で勝ちたい」と心に決めた時の水琴のようだった。褒めて欲しいと言わんばかりにキラキラとした瞳を向けられて、侑芽夏はついつい笑ってしまう。
「宗太くん、相変わらず自信満々だね?」
「だって、僕だって二人の力になりたかったから。……褒めて欲しいと思って、描いたんだ」
「ふふっ。ありがとうね、宗太くん」
言いながら、侑芽夏は宗太の頭を撫でる。
こんなことをしたら水琴に怒られてしまうことはわかっていた。でも、胸の奥から湧き出てくる温かさに抗うことなどできなかったのだ。
恐る恐る、侑芽夏は水琴へと視線を移す。
すると、
「……宗太、あたし……」
水琴の頬は、すでに涙で濡れてしまっていた。
「あたし、何も知らなかった」
「ご、ごめんねお姉ちゃん。侑芽夏さんにはバレちゃったんだけど、お姉ちゃんにはサプライズで教えたくて、それでっ」
「ううん、そうじゃないの」
慌てて水琴の手を取る宗太に、水琴は静かに首を横に振る。
ぽたぽたと零れ落ちる涙も気にしないまま、言葉を続けた。
「あたし、宗太のために頑張りたいっていつも思ってた。宗太はあたしが守らなきゃいけないんだって、思ってたから。…………あたしは、宗太のことを何もわかってなかったんだね」
「でも、今はわかったでしょ?」
じっと水琴の瞳を見つめながら、宗太はまた得意げな笑みを浮かべる。
てっきり、「そんなことないよ」とでも言うのかと思った。少なくとも、侑芽夏だったら反射的に言ってしまう場面だろう。
しかし、宗太は違う。
「お姉ちゃん達が頑張ってるみたいに、僕も頑張りたいんだ。だから、いつか僕も夢を叶えるからね」
言って、宗太は無邪気に微笑む。
その瞬間、侑芽夏の心は震えた。
どこまでも希望に溢れた宗太の姿を見て。
そんな宗太の手を握り返しながら、優しく頷く水琴を見て。
――そっか。夢に終わりなんてないんだ。
そう思いながら、侑芽夏はそっとこぶしに力を込める。
Lazuriteとして夢もまだまだ止まらないし、すぐ近くには夢を応援したい人もいる。それに、侑芽夏と水琴は声優でもあるのだ。もし宗太が漫画家デビューして、宗太の作品がアニメ化したら……それこそ夢が広がっていく。
「ありがとう」
気付けば、溢れ出した感情が言葉となって零れ落ちていた。
水琴も宗太も、「何を唐突に」みたいな顔はしない。
当たり前のように頷いて、手を繋いで、微笑み合う。
――出会ってくれて、ありがとう。
これから先の未来を思い描きながら、侑芽夏は二人の瞳を見つめていた。
了
キミと駆けるアニソン戦争 傘木咲華 @kasakki_
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