4-7 アンサーソング
――キミの瞳にユメは映る。
Lazuriteのデビュー曲であり、これから始まる様々な「夢」をテーマにした楽曲だ。希望の光を見つけて、一歩踏み出す。そんなメッセージ性を込められていて、Lazuriteの楽曲の中でも応援ソングだと言われている。
「アンサー、ソング……」
か細い声で呟く水琴に、侑芽夏は無言で頷く。
出会いを通じて『自分』を見つけた主人公が、新たな夢へと突き進んでいく。そんな前向きなテーマを水琴の歌詞から感じ取った。
ユニットを組んで一年以上が経った今だからこそ、歌える曲なのかも知れない。
「…………っ!」
そう思った瞬間、変に鼓動が速くなった。
こんなことを考えては駄目だというのは、ちゃんと理解しているはずだ。でも、それを塗りつぶしてしまうほどのわくわくが侑芽夏の心を襲っていた。
もちろん『peace sign TREASURE‼』だって、自信を持ってアニソン戦争に挑める楽曲だと思っている。
でも、侑芽夏は新たな可能性を見つけてしまった。
ここで目を逸らすことなんて、もうできそうにない。
「キミ……っ!」
高鳴る鼓動に後押しされるように、侑芽夏は水琴の名前を呼ぶ。
水琴は唖然とするように口をポカンと開いていた。まるでこれから言うことを予感しているみたいだな、と侑芽夏はそっと微笑む。
「私も、無謀なこと……言って良い?」
「…………もう、一週間しかないんだよ」
先回りするような水琴の言葉に、ついつい侑芽夏は笑ってしまう。もう、完全に気付いてしまった。
――楽しいのだ。楽しくて楽しくて、仕方がない。
アニソン戦争まであと一週間。
まだまだ水琴と一緒に足掻けるのが、嬉しくてたまらない。
「私、この歌詞が良いって思った。今の私達だから歌える曲だって思うから」
「……少し前までは、背伸びしたこと書いてるなって思ったよ」
「でも、今は違うんでしょ?」
多分きっと、笑っちゃうくらいにわかりやすいドヤ顔をしてるんだろうな、と思った。だけど、この気持ちは止められない。
だって、仕方ないではないか。
これが、古林侑芽夏の本来の姿なのだから。
「はぁーあ」
水琴はこれ見よがしにため息を吐く。
これは、水琴がお手上げ状態になった時によく取る行動だ。ユニットを組んだばかりの頃、あれをしようこれをしようと張り切っていた侑芽夏によく放っていた覚えがある。
「出会ったばかりの頃は、ユメのそのテンションが苦手だった。でも、今は……久々に見られて嬉しいって思う、から」
――駄目だ。顔が緩んで仕方がない。
侑芽夏は咄嗟に口元を手で隠す。視線の先の水琴は、思い切り眉間にしわを寄せ、唇を尖らせていた。正直言って可愛くてしょうがない。
「ニヤニヤすんな、馬鹿」
「でも、キミは私が言いたいこと……なんとなくはわかるんでしょ?」
「…………何が」
まるで、侑芽夏から言って欲しいと言わんばかりにじっと見つめてくる。不安定に揺れる胡桃色の瞳は、まだ不安が見え隠れしているようだった。
だから、侑芽夏ははっきりと告げる。
「これから、新しい曲を作りたいの。キミの書いてくれた歌詞と、少しだけ成長した私達の歌声で……私は、アニソン戦争に挑んでみたい」
馬鹿なことを言っていることは理解している。
それでも侑芽夏は、水琴の歌詞で歌いたいと思った。もちろんこのまま『peace sign TREASURE‼』の歌詞として使うことはできない。だったら歌詞を修正すれば良いのではないか、とも思う。
でも、侑芽夏の心はとっくに別の方向へ進んでしまっていた。
「ねぇ、ユメ」
「なぁに? 馬鹿って言いたいの?」
「違う、そうじゃなくて……。さっきも言ったけど、もう一週間しかないの。だから、動くなら早く動かないといけない」
「…………っ!」
――まただ。
パファーム横浜で「あたし、ユメと一緒にアニソン戦争で勝ちたい」と言った時と同じように、水琴の瞳が輝いて見える。
まるで、同じ夢を見つめているかのようだった。
……いや、まるでも何も、実際に見つめているのだ。これは決して、侑芽夏が一人で暴走している訳ではない。
水琴もちゃんと、隣にいる。
「さっき、『キミの瞳にユメは映る』のアンサーソングみたいって言ってくれたでしょ。それがあたしの中でもしっくり来たって言うか……。純粋に、歌ってみたいって思ったから」
「キミ……っ」
「あーうざいくっ付くな。ってゆーか喜んでる場合じゃないでしょ。これからたくさんの大人と相談しなきゃいけないんだから」
思わず抱き着く侑芽夏に顔をしかめながら、水琴は冷静に呟く。
侑芽夏ははっとして水琴から離れ、すぐさまスマートフォンを取り出した。
「結局、あたしらが頼んだってどうにもならない場合もあるんだから、その辺は覚悟しなきゃ駄目だからね」
「それはわかってる。特に……昼岡さんにはどう言ったら良いのか」
さっきまで燃え上がっていた心が、少しだけ落ち着いてしまう。
昼岡しおり。アニソン戦争に挑む予定だった『peace sign TREASURE‼』をプロデュースしてくれた人であり、デビュー曲の『キミの瞳にユメは映る』を作ってくれた人でもある。
新しく曲を作るなら彼女に頼むべきだろう。むしろ、それ以外の選択肢は思い付かない。
「ユメ。昼岡さんにはあたしから連絡する。歌詞を新しく書いたのはあたしだから」
「で、でも、新しい曲を作りたいって言いだしたのは私で……」
「それでも、あたしから頼ませて欲しい」
言って、水琴は小さく頭を下げた。
いつになく真面目な水琴の姿を、侑芽夏はついつい茫然と眺めてしまう。
単純に驚いてしまったというのもあるが、そうじゃない。じわじわと嬉しい気持ちが滲み出てきたのだ。
最初はやる気がないと言っていた彼女が、真剣に向き合ってくれている。そう考えるだけで、胸が温かくなっていくのがわかった。
「ありがとう、キミ」
「言ってる場合か」
「とか言って、ただ恥ずかしいだけなんでしょ?」
「…………」
「あ、すいません。私、プロデューサーさんに連絡します」
久々に刺々しい視線を向けられて、侑芽夏は自分の表情が一気に真顔になるのを感じた。確かに、今は気を緩めている場合ではない。
すべては、アニソン戦争に本気で挑むため。
侑芽夏と水琴は、大人達の力を借りるために動き出した。
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