1-5 キミユメ放送局!

 テーマ決めから数日後。

 今日は月に一回の生放送の日。

 Lazuriteの動画番組で、タイトルは「キミユメ放送局!」。

 午後七時から一時間の生放送だが、今回はミニアルバム発売直前の一時間半スペシャル。――なのだが、今回はミニアルバム発売記念というだけではない。


 正式に『娯楽運びのニンゲンさん』のアニソン戦争が発表されるのだ。


 元々は「アニメ化決定!」という情報だけがあった『娯楽運びのニンゲンさん』。

 今回はアニメ制作会社などのスタッフと、オープニングテーマをアニソン戦争で決定するという発表がある。アニソン戦争に選ばれた二組のアーティストも生放送中に明らかになり、侑芽夏達もその場で対戦相手を知ることになる……のだが。


「皆さんこんばんは~! 今月も始まりました、『キミユメ放送局』。Lazuriteの君嶋水琴です」

「おっ、同じくLazuriteの古林侑芽夏です。……あっ、こんばんはって言い忘れてた。こんばんはっ」

「いや……どしたのユメ。変に緊張しちゃって」


 生放送が始まるや否や、侑芽夏の声は盛大に裏返った。

 でもこれは仕方のない話ではないかと、侑芽夏は焦る気持ちを必死に抑える。相方の水琴がいくら超人気声優だとしても、Lazuriteは結成一年のぺーぺーユニットだ。対戦相手が誰になったとしても先輩アーティストである可能性は高い訳で、それを生放送中に知る訳だから緊張が半端ではない。


「え? あー、ほら。もうすぐミニアルバムが出るから、何か浮ついちゃって」

「まぁ確かに、今までシングル二枚だけだったあたし達にとって、ミニアルバムって大きいよねぇ~。リリイベもたくさんあるから楽しみだよ」

「ね、皆に会えるのも久しぶりだし。皆、ミニアルバムは予約してくれたかな?」


 何とか軌道修正をしつつ、侑芽夏は視聴者に呼びかける。

 動画の横に流れるコメント欄には「予約したよ!」や「リリイベ楽しみ」といったファンの声がたくさん流れてきて、侑芽夏は内心ほっとした。

 それからミニアルバムの収録曲の紹介コーナーに入り、リリースイベントや店舗別特典のおさらい、表題曲のミュージックビデオの初披露……などなど、着々と番組が進んでいく。


「あっれー? おっかしいなぁ。まだ三十分も残ってるんだけどぉ? スタッフさん、今回拡大スペシャルにしたの失敗だったんじゃないですかぁ?」


 やがて、水琴がわざとらしくカメラの向こうにいるスタッフを煽り始めた。腕時計をこつこつと指差しながら、ニヤニヤと笑う水琴。

 台本にはここまで大袈裟に書かれていないため、侑芽夏は思わず吹き出してしまった。


「およ? ユメ、いつの間にか緊張解れてる感じ?」

「えっ、き、緊張とか……何の話かなっ」

「……駄目だ、戻ってきちゃったわ」


 やれやれ、と言わんばかりに水琴は額に手を当てる。

 侑芽夏自身、まさかここまで緊張するとは思わなかった。動画配信自体はこの月一の放送で慣れているし、Lazurite以外にもラジオのレギュラーがある。

 つまり、これは決して人前で話すことに対する緊張ではないのだ。


(私、そんなに対戦相手を知るのが怖いんだ)


 カメラに映らないようにひっそりと、侑芽夏はこぶしを握り締める。

 相手が手も届かないようなアーティストだったらどうしよう。そんな嫌な予感が駆け巡って仕方がない。


「さてっ、そろそろユメが緊張してる理由を話さなきゃね」

「え、もうそのコーナーに入るの?」

「いや、どう考えてもその流れでしょーが」


 なんでやねん、と突っ込みを入れるポーズをしながら、水琴はじろりと侑芽夏を見つめる。

 視聴者は「何か発表がある」と感じ取ったのか、すでにざわざわし始めていた。「ついにファーストライブが決まったのか」だの、「ファンクラブ設立だろう」だの、「まさかどっちかがソロアーティストデビューするのか」だの。

 絶妙に正解から外れているコメント欄に、水琴は満足げな笑みを零していた。


「ユメ、台本の六ページ目を喋れば良いだけだから。大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ。もう……私の方が年上なんだけどな」


 わざわざ台本をカメラに向けて「ここ、ここ」とアピールする水琴に、侑芽夏は呆れた素振りをしながらも内心では感謝していた。

 仕事中の水琴は元気で明るい性格だ。当たり前のことではあるが、これから話すアニソン戦争の話も積極的にすることになる。

 さり気なく本音を聞くことはできないかと、侑芽夏は心のどこかで期待していた。


「皆、『娯楽運びのニンゲンさん』って知ってるかな? ……そう、ずっと前にアニメ化されることが決まってたんだけど、今回はその続報がありまして…………」


 尚も盛り上がり続けるコメント欄を横目で見ながら、侑芽夏は台本通りに進めていく。第一弾キービジュアルの公開。アニメ制作会社やスタッフの発表。オープニングテーマをアニソン戦争で決めること。


 そして、


「そのアニソン戦争に…………私達、Lazuriteが選ばれました!」


 と侑芽夏が言い放った瞬間には、コメント欄が「やったああああ」「きたああああ」「祭りじゃああああ」と大騒ぎになった。


「そう! そうだよ皆、その反応だよぉ!」


 ファンの反応に嬉しくなって、侑芽夏も思わず歓喜の声を漏らす。

 やっぱりアニソン戦争に選ばれることは凄いことだし、ファンにとっても「推しがアニメタイアップを担当するかも知れない」というのは大きな出来事のようだ。


「嬉しそうだねぇ、ユメ」


 そう、ただ一人を除いては。


「もう、何で他人ごとなの? もっと喜ばないと」

「いやだってさぁ。まだアニタイをゲットしたと決まっ……ふにゃぁっ」


 水琴のネガティブ発言が飛び出す前に、侑芽夏は咄嗟に水琴の脇腹に手を伸ばす。水琴が最初からやる気がないとファンに勘付かれたら色々とまずいのだ。

 ここは強行突破に出るしかない。


「え、何。何なの? ユメ、アニソン戦争で頭がおかしくなったの?」

「うん、そうかも知れない」

「このアニソン病めっ」


 しっかりと両脇をガードしつつ、侑芽夏を睨んでくる水琴。

 侑芽夏がアニソン好きであることは周知の事実だ。コメント欄でも「ユメの謎テンションきた(笑)」と突っ込まれていて、侑芽夏は思わず頬を膨らませる。


「だって仕方ないでしょう? これから私達も知らない対戦相手が発表されるんだから!」

「あーあ、言っちゃった。こういうのはもっともったいぶるから面白いのに」

「仕方ないでしょドキドキしすぎてどうにもならないんだから。……ス、スタッフさん、心の準備はできましたのでいつでもどうぞ!」

「準備はできたっていうテンションじゃないんだよねぇ」


 そっとため息を吐く水琴をよそに、バタバタと発表準備が進んでいく。

 対戦相手が書かれた紙をスタッフから受け取り、どっちが読み上げるかの譲り合いが始まる。やがてコメント欄に溢れた「いやここはユメでしょうよ」という言葉により、侑芽夏が読み上げることに決まった。


「よ、読むよ?」

「良いから早く」


 急かすような水琴の視線から逃げながら、侑芽夏は紙をじっと見つめる。紙はまだ開かれておらず、名前はわからない。

 しかし、うっすらと透けて見える文字からは少なからず「Lazurite」のようなユニット名でないことはわかった。


「せーの、で開くよ?」

「…………」

「そ、そんな目で見ないでぇ。……わかった。ちゃんと開くから!」


 再び腕時計こつこつモードに入ろうとする水琴に、侑芽夏はようやく意を決して紙と向き合った。小さく深呼吸をしてから、ゆっくりと紙を開く。


「…………っ」



 ――そこに書かれていたのは、月影アイリの名前だった。

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