4-5 こっちの夢
水琴の瞳に夢が映っている。
……なんて言ったら、大袈裟に聞こえるのかも知れない。
でも、侑芽夏が見つめる水琴の姿は、Lazuriteのデビュー曲である『キミの瞳にユメは映る』がピッタリと当てはまるような気がした。
水琴の中で「勝ちたい」と言葉にするのは、いったいどれだけの勇気が必要だったのだろう。自分の想いと宗太の想いと、そして……侑芽夏の想い。
すべてを乗せたその言葉を伝えることが、彼女にとってどれほど大きなことだったのか。考えるだけで、胸が熱くなってくる。
「ちょ……っ、ちょっとユメっ?」
すると、唐突に水琴が素っ頓狂な声を上げた。
どうしたのだろうと不思議に思う。ただちょっと鼻がつんとして、視界がぼやけて、水琴と視線が合わせられなくなっただけなのに。
「どうしたの」
と、何とかして震える声を出してみる。
水琴はますます慌てた様子で「馬鹿」とだけ呟き、侑芽夏を会場の隅っこへと連れて行く。
「流石に目立っちゃうから。とりあえずそろそろホテルに行こう? ね?」
まるで子供をなだめるような水琴の口調に、侑芽夏は小さく笑いながらもコクリと頷く。
でも、身体はなかなか動いてくれなかった。
「ごめん」
「え……?」
「やっとキミが前を向いてくれたのが、嬉しくて……。私、もう悩まなくて良いんだ。夢に向かって全力になっても良いんだよね」
ゆっくりと顔を上げると、涙が頬を伝うような感覚があった。
きっと、自分の表情はぐちゃぐちゃだ。でも、そんな顔も水琴に見てもらいたいと思った。
水琴はどんな反応をするだろうか。思い切り困惑するだろうか。それとも、優しく抱き締めてくれるだろうか。
なんて想像を膨らませていたのだが、
「…………ユメバヤシさん、だっけ」
水琴の答えは、侑芽夏の予想とはまったく別のものだった。
「ふぇっ?」
驚きのあまり、侑芽夏は謎の擬音を発してしまう。
ユメバヤシ――侑芽夏がアニソンのオーディションに挑み続けていた頃の名前。
一部のファンの中にはユメバヤシ時代から応援してくれている人もいるが、水琴とはその話題になったことはなかった。
だから、当たり前のように知らないと思っていた――のだが。
「な、何でキミがその名前を……」
「だって、その時からユメの歌声が好きだったから。絶対いつかアニソンシンガーとしてデビューするんだろうなって思ってたら、まさか声優になるなんて」
さも当然のことのように告白してくる水琴に、侑芽夏の動揺は止まらない。涙なんて一気に消え失せるほどだ。
「……で、でもね、声優だって私にとって大きな夢だったんだよ?」
「それはわかってるよ。でもさ」
冷静な振りをして赤らんだ瞳のままの水琴は、じっと真面目な視線を向ける。
「こっちの夢だって、大事なんでしょ?」
囁くように言いながら、水琴は優しく微笑む。
ドクリ、と鼓動が跳ねた。
水琴の優しい声色とともに、心が軽くなっていく。侑芽夏を見つめる瞳は、いつにも増して輝いて見えた。
まるで、侑芽夏の夢に寄り添ってくれているようだ。そう思ったらやっぱり嬉しさが止まらなくて、一度は止まったはずの涙が再び溢れ出す。
「今日のユメは泣き虫だね」
「そういうキミも目が真っ赤だけど?」
「うっさい。やっぱりやる気なくすぞ」
「それだけはやめて……っ」
不服そうにジト目を向けてくる水琴に、侑芽夏は抱き着くようにして必死に阻止する。ジタバタしながら「冗談だからぁ」ともがく水琴の姿があまりにも可愛くて、思わず笑みが零れてしまった。
「何だよ、もう」
いじけたような声を漏らしながらも、口の端をつり上げる水琴。
「ニヤニヤすんな」
「人のこと言えないんだよ?」
「ユ、ユメの真似してるだけだしぃ」
思い切り視線を逸らしながら、水琴はまたニヤリと笑う。
困ったように眉をハの字にしているのに、口元だけは楽しそうで。いつもの完璧な『君嶋水琴』の笑顔ではなくて、自然体な彼女の姿そこにはあった。
そんな風に笑う水琴の姿を見るのは、酷く久しぶりのような気がする。
「キミ、私ね」
――今のキミと一緒なら、絶対に勝てると思う。
そう言おうとして、口を動かそうとした。
「あ! ちょっと待って」
しかし、何故か水琴が急に大きな声を出す。
「京ケン先生が出演する番組、もうすぐ始まっちゃうよ!」
「ああっ!」
いったい何を言い出すのかと思ったら、侑芽夏もすぐにボリューム大きめの声を発してしまった。
京ケン先生――『娯楽運びのニンゲンさん』の原作者である彼は、作品と同時に注目を集めている漫画家だ。
最近はネットニュースなどの特集記事が多かったが、アニメ化が決まったというのもあって初めて地上波のテレビで特集されることになったのだ。
「でも、ホテルすぐそこだしそんなに急がなくても……」
「チェックインとかまだしてないよ」
「あ、そっか」
水琴の言葉に、侑芽夏はポンと手を打つ。
元々、旅行と被っていることはわかっていたし、しっかりと予約録画済みだ。しかしリアルタイムで観られるものならもちろん観たいし、水琴もその気なら尚更のことだろう。
「行こう、ユメ」
「うん!」
自然と手を差し出してくる水琴に、侑芽夏は迷わずその手を掴む。
自分でも驚くくらいに明るい返事をしていて、心の中で小っ恥ずかしくなってしまう。水琴が前だけを見ているおかげで、表情はバレていないようだ。
ほっとしながらも、侑芽夏は思う。
ここからやっと、二人で前に進めるのだと。
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