1-3 娯楽運びのニンゲンさん
いったい、どうやって彼女を説得したら良いのだろう。
この数日間は頭を抱えてばかりだった。
本当はもっと浮かれても良いはずなのに、水琴の存在がそれを邪魔する。水琴とは一年ほどの付き合いで、決してビジネスライクと言えないくらいに仲が良いと思っていた。お互いの家へ気軽に行くし、侑芽夏に至っては宗太とも交流がある。
そんなことを言ったら水琴は激怒するだろうが、宗太のことは自分の弟のような目線で見ているのだ。無事にアニメタイアップを勝ち取って、宗太を喜ばせたい。
……という気持ちも少なからずある。家族ぐるみで大切な存在だからこそ、侑芽夏は悔しい気持ちに包まれていた。でも、このままずっと悩んでいる訳にもいかない。
水琴のやる気がない分、自分が気合いを入れなくてはいけないのだ。
そのため、侑芽夏はまず『娯楽運びのニンゲンさん』の物語をしっかりと知るところから始めた。
大雑把なストーリーは、
ただの冴えないサラリーマンの
勇者になれと言われるかと思いきや、なって欲しいのは「娯楽運び」。日々の戦いに疲れた勇者達の癒しになるものを持ってきて欲しい、ということらしい。
最初は妙なことに巻き込まれたと思う竹田だったが、娯楽を運んでいくうちに一つ一つの娯楽の魅力に気付く。ファンタジー世界を冒険できている、ということもあり、竹田――ニンゲンさんの心も変わっていくのであった。
という感じで、子供にとってはわくわくして、大人にとっては一つ一つの娯楽の魅力を再認識できるような作品になっていた。
人気作というのも納得の、老若男女関係なく楽しめそうな内容だ。
寝不足になりながらも一晩で読み切った侑芽夏も、徹夜をしてしまったことを後悔しないほどに心が躍っていた。
この作品を、自分達の歌で彩ることができるかも知れない。
なんて――考える度に嬉しい気持ちに包まれるはずなのに。「何が?」と言って首を傾げる水琴の姿が頭から離れてくれない。
「ユメ? 最近機嫌悪そうだけど、大丈夫?」
「……誰のせいだと思って……」
「ん?」
水琴が愛らしく小首を傾げる。
いや、ん? じゃないのよ可愛いけど、と侑芽夏は心の中で毒づく。しかし顔には出さないように必死に笑顔を作った。
アニソン戦争の知らせを受けてから数日経った休日。
今日はアニソン戦争に挑む楽曲のテーマ決めをするため、侑芽夏と水琴は所属レーベルであるカエデミュージックの事務所に来ていた。
侑芽夏はボーダーカットソーにデニムワイドパンツ、水琴はモノクロのブロックチェックのワンピース姿で並んで座っている。
「ところでキミ。ちゃんと原作は読んできたんだよね?」
「んー……。まぁ、一応ね」
「一応って」
侑芽夏の眉間にしわが寄る。
どうしたって水琴の態度は変わりそうになかった。
原作を読んできたことに関してはほっとしたが、正直それだけだ。確かに水琴はだらしない部分がある。でもそれはプライベートの話であって、仕事ではむしろ完璧主義なイメージがあった。
だからこそ、侑芽夏の頭はぐるぐると渦を巻いて止まらない。いったいどうしたらと頭を抱える侑芽夏に対しても、水琴はただ何も言わずに見つめるだけだった。
微妙な沈黙が訪れてから、やがて見慣れたLazuriteの音楽チームが会議室に入ってくる。いつも通りの仕事モードに入った水琴は丁寧に挨拶をしていたが、侑芽夏はいつもとは違う緊張感に包まれて前のめりだ。
「それでプロデューサーさん。アニソン戦争の対戦相手っていうのは……」
侑芽夏が何よりも気になっていたのはそこだった。
まぁ、対戦相手以外にも敵はいるんですけどね。……と言いたいのを必死に堪えつつ、侑芽夏は音楽プロデューサーの反応を待つ。
てっきり、今日わかるものだと思っていたのだが、
「それはまた後日ね」
「えっ」
どうやら違ったらしく、侑芽夏は目を丸くさせた。
「Lazuriteの生放送の日に覚悟してくれれば良いから」
「なるほど……って、つまりそれは、プロデューサーさんはもう知っているということなんですね……?」
「まぁ、そうなるね」
意味深に笑うプロデューサーに、侑芽夏は「マジですか……!」と大袈裟に反応してみせる。その隣で、水琴は口元に手を当てながら上品に笑っていた。
***
テーマ決めは順調に進んでいった。
楽曲プロデュースはLazuriteのデビュー曲からお世話になっている
――というのが、すべて侑芽夏の意見だった。
水琴はただブレない笑顔を浮かべながら、
「良いですね、それ」
と言うのみ。
何回それ言うのよ、と何度心の中で突っ込みを入れたことか。
しかし、こんな態度ではさぞかしやる気がないように見えてしまうだろう……と思っていたのだが、そうでもなかった。
驚くことに一言一言の声のニュアンスが違い、あたかも積極的に会話に参加している印象があるのだ。本当はただ相槌を打っているだけなのに、こんなところで技術を発揮しないで欲しい。
変な悔しさが胸の中を駆けまわる中、その日のテーマ決めは終了した。
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