第十八話

 Gさんの体験。

 奥さんと結婚して早々、ハネムーンに出掛けたときのこと。


 豪華なベッドでゆっくりと旅の思い出を語らいながら、互いにタイミングを伺っていたとき。

 ふと奥さんのお腹に視線が滑り込んだ。

 そこには奇妙なタトゥーがあった。ただ、掛け布団の暗闇で絶妙にその模様が判別できない。


「あれ、タトゥーとかいれてたっけ?」

 思わず口にでたGさんの発言に、奥さんは怪訝な顔になる。


 奥さんが白い指で布団をめくると、少し火照った白い肌があるだけだった。

 そのあとはご想像におまかせするが、一瞬みえたタトゥーのようなものが頭によぎり、心ここにあらずだったそうだ。





 そこからおよそ一年、あの奇妙なタトゥーのこともすっかり忘れきっていた頃。


 Gさんは、はじめての我が子と奥さんを迎えに病室へ駆け込んだ。

 すこしやつれた奥さんの腕のなかには、生まれてまもない、赤くくすんだ我が子。

 そして、こどもの額には、あのハネムーンの初夜、奥さんのお腹にみかけたタトゥーのと模様と同じく、『犬』と一文字浮かび上がっていた。


 唖然とするGさんをよそに、奥さんは握り締めすぎてしわがれた人差し指を、こどもの額、『犬』の字に突きつけると、そのまま自分の方に滑らせた。


 指を突きつけてきた奥さんは声をあげることなく笑っていた。


 突如としてGさんの頭のなかに男の子の顔が浮かんできた。

 自分が子供だった頃、口が裂けてもいえないような酷いいじめをしていた、もう名前も思い出せないあの男の子。


 教科書にでてくる『罪人の額には『犬』という刺青をいれていた』という記述を、そのまま実践して・・・ああ、あとでバレないようにわざわざ水性ペンで書いたあと、飽きたところでバケツで水浸しにして、それから・・・それから・・・





 あんなに仲睦まじかったのに、子供が生まれてから関係が険悪になり、とうとう奥さんに子供を押しつけて離婚してしまったGさん。

 知り合いが執拗に「どうしてそうなったのか」彼に尋ねたところ、こんな話をしてくれた。


 そして最後に、Gさんはこんなことを言ったという。



「畜生が四つん這いから二本足になったら何しだすか分かんないだろ?」



 普段温厚な彼からは想像できない、獣のようにギラついた目付きで語ってくれたそうだ。




奇譚—落書き—

 各話原題 『浮かぶ一文字』、『www』、『犬』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る