第十話


 若者が群がる場所として有名な、都内の某駅前でAさんが友人と待ち合わせしたときのこと。


 友人の引っ越し祝いに、都会の洒落た店で久しぶりに小規模ながらも盛大に楽しもう・・・という算段だったが、肝心の当事者である友人が時刻になっても現れない。仕方なく、田舎ではみれないような雑踏を眺めていた。

 都市部のなかでも駅前となれば人だかりの規模は全く異なる。老若男女がせわしなく大移動しているのだが、その様子をみているとどこか息苦しくなる。Aさんがそんな事を思っていると、ふいにどこからか青くさい臭いがしてきた。


 辺りを見回して最も臭いが強く漂ってくる方向に視線が引き寄せられる。

 昼も夜も止まることなく流れていく人の流れ。それが酷く虫食いにあったマフラーのように、馬鹿にまばらになっている箇所が目に入る。


 臭いは明らかにそこからしていた。

 いったい、何がにおいの原因なのか目を凝らす。


 すると行き交う人々は、前をみながら、スマホをいじりながら、また誰かとお喋りしながら何かをひょいひょいと器用にかわしている。

 さらにその足元の方へじーっと視線を落とすと、人の流れがまたまばらになって、足の合い間合い間に汚いものがみえる。田舎ではよくみた泥の塊だった。

 それも1つや2つではない。点々と規則的に間隔をあけて一列になっている。

 そのままどこまで泥の列が続くのかぼーっとみつめていた、そのとき。


「おい、どうしたんだよ」


 遅れてやってきた友人に肩をゆすぶられる。

 いや、あれをみてくれと振り向きなおしたが、そこには都会ではありふれた、青信号を渡り歩く人混みがあった。


 ただ、アスファルトのところどころに何かを踏んだり擦った汚れのようなものと、Aさんの鼻の奥に少しだけあの青くさい臭いが残っていたという。

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