第八話

 Tさんが学生のときの話。


 夏休みとなり、大会を前にした部活動が本格的になった頃。




 汗だくになったTさんは、水を求めて、校舎入口にある手洗い場に向かった。




 照りつけるアスファルトのうえを這うように進むと、手洗い場には先客がいた。




 学生の着る制服ではなく、明らかに先生が着るようなワイシャツとスカートを着ている女性。その顔は長い黒髪でみることが出来ない。


 そして、この暑いなかで、女は全身をぐっちょりと濡らしていた。


 


 女は、服の張り付いた体を九十度に曲げ、両手を手洗い場の流しのなかに突っ込んでいた。


 暑さで頭が回っていなかったTさんは「こんなに暑かったら、先生も頭から水を被るよな」などと考えていた。




 Tさんがよたよたと歩みを進めていくと、女は上半身を起こし、両手をあげた。


 女のその両手には、滝のような黒い髪の毛が絡みついていた。




 そして、女はまた腰を曲げ、流しのなかを両手で優しくかき混ぜると、また体を起こして髪の塊をすくいあげる。




 その光景を目の当たりにしたTさんは、冷や汗だらけになった体で逃げ帰ったという。




 いまでも、服に張り付いたあの女の髪と、その両の手に絡みつき、滴の垂れ落ちる髪の毛が忘れられず、長い黒髪の女性をみると、Tさんは思わず顔をそらすそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る