第三話
ある平日のこと。
Kさんがペットのダックスフンドを散歩させていたとき。
散歩の道中にある公園のベンチで休憩していると、親子連れがやってきた。
歩き方を覚えたばかりなのか、子供の歩き方はおぼつかない。そして夫婦の方は若々しく、三十代、またはその手前ほどだったそうだ。
両手を父と母にひかれた子供は、「わんちゃん!わんちゃん!」などと口にしながら、こちらに向かってきた。
自分の犬も可愛いが、彼とじゃれ合っている子供もこれまた可愛い。なんとも言えない光景に心を癒されていた。
ただ、ペットとはいえ動物は動物である。万が一ということもある。はしゃぐ愛犬をたしなめながら、なるべく子供が自分のペットに近づかないように、注意をそらせてみた。
といっても、「ぼうやは何歳?」「いいボール持ってるねえ」・・・などといった感じだ。
そのうち、「わんちゃん!わんちゃん!」「ぼおる!ぼおる!」と、その子供が自分で指さした物の名称を答える癖があったので、Kさんは、坊やの後ろにいる女性を指さした。
「こっちは誰かな~?」
すると坊やも同じ女性を指さし、
「まま!まま!」
なんとも愛くるしい反応だ。指をさされた母親も嬉しそうに笑っている。
子供はおろか、結婚をしたことがないKさんは、(子供とはこんなにいいものなんだな・・・)と、とても温かい気持ちになった。なのでそのまま続けて
「じゃあこっちは誰かな~?」
と、母親の隣に立っている男性を指さす。すると、先ほどと同じように
「ぱぱ!ぱぱ!」
父親の方をみると、これまたいい笑顔をしている。
「いいお子さんですね~。なんて可愛らしいんだか・・・」 などとKさんが夫婦にお世辞を述べているとき、坊やはまだ「ぱぱ!ぱぱ!」連呼している。
なるほど。この子はお父さん子なんだな・・・と坊やの方に視線を戻す。
坊やは父親に指をさしていなかった。
公園の隅、木々が生い茂って影の濃くなった場所を指さしながら「ぱぱ!ぱぱ!ぱぱ!ぱぱ!」といっている。
Kさんはその暗がりのなか、先ほど指をさされた父親の顔だけが、うっすらと宙に漂っている光景をみたような気がした。
「よくある子供のことです。気にしないでください」
振り返ると、若い夫婦は子供が指さす方向を笑顔でみつめていた。
やがて子供が遊具の方に駆け寄っていくと、夫婦はこちらに会釈をしてついていった。
そして、頃合いを見計らったKさんは、しっぽを折り畳んだ状態でブルブルと震えながら、あの暗がりを見つめる愛犬を抱え、公園を後にしたそうだ。
奇譚-首-
各話原題『盆災』、『柿が落ちる』、『ぱぱがいる』
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