第二十九話

 ある年明けの朝、小学生だったNさんは、日の出とともに布団から飛び出ると、その勢いのまま玄関を開け放ち、郵便受けにある年賀状を確認した。

 たいていは両親宛のものばかりであったが、底のほうにひときわ大きな届け物があった。


 それは豪勢な水引があしらわれ、かなり厚みのある封筒であった。表には大きく『お年賀』という文字と、その下には『Nちゃんへ』と書かれている。手に取ってみるとなかなかの重みがあり、裏返すと『○○おばあちゃんより』と祖母の名前が書かれていた。 これは○○おばあちゃんからのお年玉に違いないと、興奮冷めやらぬNさんは封筒だけを手に自室へ引き戻った。


 早速開けてみようと思ったが、これがきちんと糊付けされている。そして、いかんせん書かれている達筆な文字や水引からして、封筒を裂いて開けるのは躊躇われた。

 そこでNさんは筆箱から定規を取り出すと、それをペーパーナイフ代わりにして封を切った。糊付けされた紙の端に綺麗な切れ目ができて、そのまま定規を慎重に向こう側へ押し込んだとき、定規が「ズッ!」と封筒のなかに引きずりこまれた。とたんに親指と人差し指の間に鋭くて熱い感覚が襲った。まるで大人が躊躇なく引き抜いたような力強さだった。


 部屋を飛び出た我が子の叫び声で、眠っていた両親も飛び起きた。

 そしてパニック状態のNさんをなんとかなだめた。その最中、子供の手の切り傷に両親はすっかり目が覚めたそうだ。


 後に部屋に戻ると、卓上にあの『お年賀』と書かれた封筒はどこにもなかった。


 封筒をあったはずの場所には、真っ白で四つ折り状態の葉書が、バキバキに折れ曲がった定規を包んでいる状態で置いてあった。そして紙から飛び出て、かろうじて定規の形を保っていた部分の端っこには、濁ったNさんの血が薄くへばりついていたという。


 そして、あの封筒に書かれた『○○おばあちゃん』という名前であるが、これがNさんのお祖母さんとは全く違う名前だった。

 奇妙なことに、手に取ったときに自分の祖母だと思い込んだその贈り名を、Nさんはまったく思い出せないそうだ。

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