第三十話
Gさんには年の離れた弟がいる。
ある年のクリスマスが終わったときのこと。
まだ幼い弟さんが「もういくつ寝るとお正月?」と尋ねてきた。
そこでふと悪戯心が芽生えたGさんは「しあさってだよ」と答えた。
すると
「ちがうよ。明日だよ」
自分の返答を掻き消すかのように、耳の後ろから老人のしわがれた声でそう囁かれた。
驚いて振り向いたGさんだが、そこにはなにもなく、弟は「そうか明日か~」と何処かにいってしまった。
その晩は気味が悪くて一睡もできなかったという。
これで終わりではない。話はここからである。
翌日、茶の間で家族一同がテレビをみながら談笑していたとき。
気づけば弟の姿がない。
声をかけるもどこからも返事がない。
どの部屋にもいない。トイレにもいない。 ただ玄関に靴はある。
そしてまさかと思いきや・・・と風呂場に向かう。
風呂場には明かり一つなく、さっき沸かしたはずなのに冷たくなった浴槽のなかで弟さんは浮かんでいた。
それからGさんは年末を過ごすのが嫌いになった。
ただ単に弟さんの一件が原因ではない。
年の瀬に眠っていると、暗闇のなかで声をかけられる。
「もういくつねるとおしょうがつ?」
あの有名な童謡がどこからともなく聞こえる。
それが節はあっているのに、妙に抑揚のない弟さんの声で歌われるそうだ。
そこで汗まみれになってGさんは目を覚ますという。
「どこからどこまでが夢なのか分からないけど」
去年も弟さんの歌声を耳にした。
毎年聞く弟さんの声は、いまも生きていればそんな感じのものになっているそうだ。
「いったい、いつまで続くんですかね」
Gさんは力なくそう語り終えた。
奇譚-『正月』-
各原題『消えたお年玉』『年賀筒』『もういくつねるとおしょうがつ?』
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