第十四話
Tさんが小学校低学年の頃のこと。
おそらく一度だけ、親父さんが居酒屋に連れて行ってくれたことがあったそうだ。
いまでも経営している和風の佇まいで焼き鳥が売りの居酒屋で、炭火で肉の焼ける匂いが煙と一緒に溢れかえっており、主人と女将さんの大きな声が飛び交い、赤ら顔のおじさんたちがどんちゃん騒ぎしているなか、年季が入ってところどころハゲかけている木製の机まで親父さんに手を引かれて、待つ合い間もなく女将さんが「ボウヤはジュースだね」などといってオレンジジュースを出してくれた。
そんな感じで事細かいところまで記憶しているのだが、特に忘れたくても忘れられないのが出された『料理』だという。
酒を片手に「T、腹減ってないか?」だの「給食よりうまいもん食わせてやるぞ」などと親父さんが一方的に話かけている流れを、男の店員さんが「どうぞ」といって二人のまえに一皿おいて断ち切った。
四角く、暗めの緑色の皿のうえでぱちぱちと音をあげながら数本の串焼きが横たわっていた。
それは焼き鳥でいう「なんこつ」によく似ていた。
親父さんは「待ってました」と手を伸ばして、熱々のソレをはふはふと頬張る。
親父さんが「Tもどうだ?」と串焼きを彼の目の前に持ってくるのだが、Tさんは断固としてそれを拒否した。
親父さんは顔色を変えず、「そうか」とそれを頬張る。
そうして「なんこつ」のような形と焼き色で、その両端に小人のような二本の足と、いやにぷりっとしたお尻が生えているソレを、親父さんはひょいひょいと口に運んでいく。
そんな奇妙な思い出がTさんにはある。
そして、唯一親父さんのことで覚えている思い出である。
親父さんが亡くなったのはTさんが高校の頃だったが、この串焼きの思い出を除いて、日頃や休日に親父さんとどう過ごしていたのか、すっぱりと記憶にない。思いだそうにしても霧がかかったように思い浮かばない。
こんなことあるんですかね。と、Tさんは話を締めくくった。
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