第三十三話

「他の人に尋ねても『そんなのなかった』というから、これはただの勘違いだと思いたいんですけどね」


 町田由美子さん(仮名)の奇妙な記憶の話。


 由美子さんには、小さい頃から気味悪がっているものがあった。


 それは近所の掲示板や交番、街中のいたるところに飾られた『行方不明者のポスター』だった。


 真ん中にプリントされているのはモノクロの写真で、それが絶妙にピンぼけしているせいか、みているとなんだか心が落ち着かない。顔のかたち、無精髭から、かろうじて中年男性であることは分かる。


 由美子さんがその行方不明者ポスターを気持ち悪く思っていた原因はいくつかあるのだが、一つは学校の廊下や教室の後ろの方でそれをみかけた記憶があることだ。


 彼女いわく、幼い頃から中学生頃までみかけた記憶はあるというのだが、いつからみなくなったか明確な時期は分からないという。

 そのため由美子さんは、見知らぬ白黒写真のおじさんのポスターのことをすっかり忘れていた。




 ただ、それから何年もたって結婚し、お子さんもできたあるときのこと。



 娘の真由実ちゃん(仮名)が幼稚園で描いた似顔絵をみたときのこと。

 いくつかのクレヨンで中央に真由美ちゃんの顔がひとつ、横には拙い文字で名前が描かれているその画用紙をみた途端、由美子さんはあの行方不明者のポスターを思い出した。




 彼女が件のポスターを気持ち悪がっていたもう一つの理由が



 中年男性の白黒写真の下に書かれた


「すずき まゆみ を探しています」


 と、写真の人物に似つかわしくない一文であった。




「なにもないと良いんですけど・・・」


 鈴木由美子さん(仮名)から聞いた奇妙な記憶の話である。





奇譚-『名前』-

 各原題『ハッピーバースデー』『かっちゃん』『ある行方不明者』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る