第41話 最初で最後のダンス
部屋への訪れが難しい日が続くと、エリウスは必ず文をよこしてくれた。
『愛しのアムネリアへ。今何をしている? 会えなくて寂しい。今日は寒いから温かくして。E』
『愛しのアムネリアへ。隣国からロッカと言いう珍しい果物を貰った。君の部屋へも運ぶように言ったから食べてみて。なかなかに美味しいよ。E』
エリウスの心遣いはきめ細やかで、アムネリアはいつも胸が温かくなった。
愛されていると実感することができた。
実際には、アムネリアの部屋へロッカが運ばれてくることは無かったけれど、エリウスが訪れた時には適当に話を合わせて心配させないようにしていた。
でも、手紙だけはちゃんと届けられていたので、不思議に思いつつも感謝していた。
王家の紋章入りの手紙を紛失したら、どんな罰が下されるか。
彼らがアムネリアにきちんと届けた理由は、それだけのことだったのだが。
『愛しのアムネリア。今宵は思い出の場所で。E』
『あ、この手紙!』
レギウスが直ぐに反応した。
『これ、レギウスが見せてくれました。この手紙を見つけて自分がエリウス王の子では無いかと気づいたと言っていました』
『そう……』
アムネリアの顔が喜びと後悔の混ざった複雑な表情になる。
『これだけは……どうしても捨てられなくて。だって、私にとって始まりの場所であり大切な場所だったから。エリウス様も同じように考えてくださっていたことがとても嬉しかったの。それに……』
そこで一旦言い淀んでから、覚悟を決めたように続ける。
『いざと言う時、レギウスの血筋を証明する唯一の物になるかもしれないと思ってしまったの。……馬鹿よね。誰にもエリウス様の子と知られないように。そう思って必死になってお傍を離れたというのに、結局その証拠を捨てられないなんて、矛盾しているわよね』
『いいえ、そうは思いません。きっと、それが親心なのだと思います。様々な可能性をレギウスに残したかったからではありませんか?』
『そうね。そうなのかもしれないわね』
アムネリアがほっとしたように頷いた。
『母さん、俺はそれを見つけた時驚いたけれど嬉しかったよ。母さんと父さんは愛し合っていたんだって。その証を見せつけられたようで。だから俺は生まれてきたんだって、胸を張ることができた。嬉しかったんだ』
リリアは、一言一句違えないようにアムネリアに伝える。
『レギウス……本当に優しい子。ありがとう』
そう言って涙をホロホロと零した。
レギウスも見守る中、場面は再び過去の映像の中となる。
手紙を見たアムネリア。大事そうに胸に抱え込む。
思い出の場所―――それはあの庭園のこと。
その夜、王宮では舞踏会が開かれていた。と言うことは、本来ならエリウスは庭園へなど訪れる時間は無いはず。
そうと分ってはいても、手紙の文字を見れば心が躍った。
貧しいアムネリアは、正式な側室でも無く、舞踏会への参加が許されるような身分でも無い。そんなアムネリアにも、パーティーの雰囲気を味合わせてあげたい。
そんなエリウスの配慮だろうと思ったアムネリアは、こっそりと部屋を抜け出した。今日はみんな浮足立っている。誰にも見咎められずに庭園へと向かうことも難しくなかった。
思い出の噴水は、パーティー会場よりも少し高台に位置していて大分距離がある。でも楽し気な調べは届いてきた。人々のさざめき、きらびやかな雰囲気も。
流石にここまでは誰も来ないだろうと思いながら、その様子を眺めているだけで楽しい。思わず、音楽に合わせて歌い出した。
清らかな歌声が夜の空気に溶けていく。
その声に手を伸ばし、捕まえるエリウス。
「良かった。会えた」
そう言ってアムネリアの肩に顔を埋めてきた。
「エリウス様! こんなところまで抜け出してきて、大丈夫なんですか? 私のことは気にしないで大丈夫ですから……」
「嫌だ」
「え?」
「気にしないでなんかいられないよ。僕はもう、君を日陰のままにしておきたくないんだ。このままあの会場まで連れて行く。そうして、正式に僕の大切な
その言葉に、息をのむアムネリア。本当は涙が出るほど嬉しかった。
そのまま、「はい」と頷いてしまいたかった。でも、一瞬ユリウス王子の顔が浮かんだ。そして、周りから側室を押し付けられそうになって困り果てていたエリウスの顔も。
そのまま引っ張って行こうとしたエリウスの手を振り払った。
「え? なぜ?」
驚いたように振り返ったエリウス。
その顔に笑い掛けながらも、アムネリアは決然と思いを伝えた。
「エリウス様、そのお言葉、涙が出るほど嬉しいです。私もエリウス様が大好きです。でも、私を公に紹介するのは考え直してください」
「なぜ? 僕は君を蔑ろにする奴らを許せないんだ。君は黙って我慢してくれていたけれど、僕は気づいていたよ。大臣たちだけじゃない。メイドたちまで君を侮っている。そんなこと許せない」
「エリウス様……」
気づいていたのだと、悲しんで、どうしたらいいか一生懸命考えてくれていたのだと。その気持ちだけで十分だと思った。
アムネリアはエリウスを噴水の陰へと誘った。
「エリウス様、私はそのお言葉だけで十分です。だから、良く考えてみてください。もし、私を正式な立場、例えば側室にしたいと宣言されたとしたら、エリウス様はもう後戻りはできなくなってしまいます」
「後戻り? 別にアムネリアと一緒にいられるならそんなこと」
「私とだけでは無くて、あれほど今までお断りしてきた側室を迎えると言うことを、認めてしまうことになるんです。エリウス様は側室を迎えることは、勢力争いを引き起こすから嫌だとおっしゃっていたでは無いですか。だから、誰も側室を迎えないと宣言されてきた。でも、私と言う例外を作ってしまったら、もう、他の方からの申し出を断る理由がなくなってしまいます。そんなことになるのは私が嫌なんです」
「アムネリア……」
エリウスは驚いたようにアムネリアを見つめていた。
「君って人は……なんでそんなに賢い人なんだ。確かに、君の言う通りかもしれない。それでも……それでも君を私の傍に置き続けたい。これは僕のわがままなのかな」
そう言って、再びアムネリアの肩に顔を埋めたエリウス。
「私は今のままで十分幸せなんです。こうやっていつも気にかけてくださるエリウス様がいらっしゃる。それだけで幸せです」
エリウスが初めて涙を見せた。月明かりの中、それは神々しいほどに美しかった。
その頬に手を添えて、涙に口づけるアムネリア。その手を取り、跪いたエリウス。
「せめて、今宵、この場所でだけでも、僕の妻として一緒にダンスを踊ってはくれまいか」
「ダンスなんて、私できないわ」
「大丈夫。僕に体を預けて」
そう言って、ぐっと腰を引き寄せられた。
遠くから聞こえる弦の音。くるりと回る世界。
二人だけの夜のダンス。それは永遠の誓いの舞―――
『私にとって、あの夜は最高の夜だったの』
アムネリアがそう言って胸に手を当てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます