第19話 テラ教

『このシンフリアンの主はアウラで、大好きなオーランドさんと死に分かれてしまったのね。ずっと一緒に居たいって思う強い気持ちが、テラ教信仰に繋がったのかもしれないわね』


 オーランドの死体に寄り添うアウラを見つめながらリリアは胸が痛くなった。


『きっと、そうだね。テラ教には死後の世界があって、清く正しく生きればジラート神の身元で愛する人と幸せに生きられるって考え方だったと思う。で、オーランドさんはそれを信じていて、そんな彼を見ていたアウラもそれを信じるようになった。でも、それだけで、こんなに強い洗脳力を持つ魔法石になってしまうのかな? ちょっと納得ができないんだよな』


『私も不思議に思っているの。本当は悪意の無い、寧ろ幸せな出会いをもたらしてくれるシンフリアンらしい魔法石のような気がするんだけど……』


 そんなことを話し合っていると、急に目の前の場面が切り替わった。

 慌ててリリアは意識を集中する。



 しばらくして、オーランドの死に気づいた村人たちが、遺体を外へ運び埋めてしまった。アウラは泣きながら後を付いて行き、今度は墓に寄り添う。

 心配した村人がくれる餌にも手をつけず、そのまま衰弱死。優しい村人たちはオーランドの墓の傍にアウラも埋めてくれた。


 これで、パパと会える……


 そう思っていたアウラの前に、ジラート神もパパも全然姿を現してくれなかった。


 なぜ? 私の信仰心が足りないから?

 それともご飯をちゃんと食べなかったから?

 私が人間じゃないから?


 どうしよう。どうしたらいいの?


 パパに会いたい! パパに会いたい! パパに会いたい!

 

 その強すぎる思慕はやがて、アウラをシンフリアンへと変えた。

 

 それでも、オーランドの近くにいられたので、アウラは満足していた。


 パパはちっとも起きてくれないけれど、傍に居られるから幸せ―――


 

 だが、風雨はそんなアウラのシンフリアンを地面から掘り起こしてしまった。



 拾い上げた者は、それを魔法石鑑定士なる人物の元へと運んで行った。

 自分がどんどんオーランドから引き離される恐怖。必死で訴えかけても届かない。


 でも、魔法石鑑定士と言う人が話を聞きに来てくれたので、助かったと思った。


 アウラは思いのたけの全て語り、オーランドの傍に戻してもらいたいと訴える。

 鑑定士は『わかった』と答えて去っていった。


 それなのに……


 アウラのシンフリアンは、小さく小さく分割されてしまった。

 塵じりになっていく体と心。


 やめて! お願い。私をパパの元に返して!


 やっぱり、私の信仰心が足りなかったんだ。ジラート様にもっと祈らないと。

 祈って祈って、もう一度一つにしてもらおう。そうして、今度こそ、パパに会わせてもらおう―――



『そう言うことだったのね! なんて酷いことを。その魔法石鑑定士、鑑定士の風上にも置けない!』


 ぷりぷりと怒り出すリリア。


『そうだよな。癒すどころか、アウラの気持ちをもっと辛くさせるなんて。アウラはバラバラになった体を一つにするために、買った人達をテラ教信仰の名の元に集めていたんだ! だからこんなに強力な魔力を持ってしまったんだね』


『きっとアウラの願いを叶えてあげれば、この魔力の暴走は止まると思うんだけれど。一体いくつに分割されてしまったのかしら』


 二人の怒りがシンフリアンに同期する。石がブルリと波打って、アウラがリリアの存在を捉えたようだった。


『また鑑定士だね。さっさと帰んな。さもなくば殺す』


『待って、アウラさん。私は鑑定士のリリアです。でも、私はあなたの願いを聞きに来ました』

『そんなこと言って、前の鑑定士も私を騙した。もうその手には乗らないよ』


 アウラの姿が瞬く間に成犬の姿になる。後ろ足をバネに大きく蹴りあがると、一気にリリアに肉薄して来た。


 慌てて逃げようとしたが意識体アストラータはそんなに機敏には動けない。アッと言う間に前足で押さえつけられてしまった。


 唸りながらリリアに迫る牙。


『緊急事態。問答無用で浄化します!』


 強く引かれた赤い糸を感じながらも、リリアは詠唱を始めた。


 

 イーラ トゥ ラ エルゼ

 フェーレ トゥ ラ シエラ

  

 レラーテ!


 ナチェ タビーア エクセルテ トゥイ

 ナチェ タビーア エクセルテ トゥイ

 

 怒りイーラ大地エルゼに 悲しみフェーレシエラへ 解き放てレラーテ

 必ずナチェ 自然タビーア受け止めてくれるエクセルテ

 あなたトゥイを―――


 

 リリアの癒しがアウラを取り囲む。

 虫でも追い払うかのようにブンブンと頭を振って、光を避けようとした隙をついて、リリアはアウラの下から逃げ出した。


 怒ったアウラが再び跳躍する。その腹に向かって、再び言の葉を贈り続ける。


 イーラ トゥ ラ エルゼ

 フェーレ トゥ ラ シエラ

  

 レラーテ!


 キャン!

 

 切なげに一鳴きした後、アウラは体を丸めて地に落ちた。


 先ほどとは違って子犬サイズまで縮んだアウラを見て、リリアは詠唱を止めた。

 

 そうっと近づくと、最後の抵抗を試みるアウラ。小さな歯をむき出して威嚇してくるも、再び唱えられた柔らかな癒しの詠唱に背を撫でられて、とろんと瞳が緩んできた。


『スッゴく久しぶり。こんな風に背を撫でられるの』

『気持ちいいでしょうか?』

『うん、気持ちいい。パパを思い出す』


 そうして、くぅんくぅんと泣き始めた。


『アウラさん、あなたはオーランドさんが大好きだったのですね。だから、死後の世界でもずっとそばに居たかった。それなのに、体をバラバラにされてこんな遠くに連れて来られしまったなんて。悲しかったですね』


 優しく寄り添えば、悲痛なアウラの叫び。


『お願い。もう一度一つに戻して』

『それは……砕いてしまった石を元の形に戻すのは無理なんです。ごめんなさい。でも、集めて一緒にすることはできると思うので、私に時間をいただけないですか』

『一緒にするだけじゃだめなの。それじゃジラート様の身元には行かれないの』


 不思議に思って更に尋ねてみる。


『それはテラ教の考え方なのですか? 私たちヴァンドール王国では、亡くなった人は空となり地となり、空気となって、この世界のあちこちで見守ってくれていると考えているんです。だから、一つで無くても心配いらないのだけど』

『そうなの? ここでは一つで無くても大丈夫なの? ちょっと安心したけど……でも、パパが信じていたのはジラート様だから……』


『アウラさん、あなたの石は一体幾つに分けられらてしまったのですか?』

『四十四よ。それって……テラ教では忌むべき数字なの。もう……パパの元へは帰れない。だってジラート様のところへ入れなくするための数なんだもの』


『何ですって!』


 驚きの声を上げるリリア。レギウスがいつも通りの蘊蓄を披露してくれる。


『アウラの言っていることは本当だよ。テラ教では、その数字は悪魔を封印する数と言われているんだ』

『なんてこと……それじゃ、もうアウラさんはオーランドさんと会えないの?』


 悲しくなって共に涙を流すリリアを見て、アウラも素直に心の内を吐露する。


『あなたは一緒に泣いてくれるのね。私、もう絶望しかなかったの。でも、もう一度一つになれたら、奇跡が起こるかもしれないって思って一生懸命だったの』

『そうよ、奇跡が起こるかもしれないわ。どうにかして集めたいわね』


 そんなリリアにレギウスが提案する。


『あのさ、四十四がだめでも、四十五は別に問題ないんだよな』

『え!』

  

 


  

 

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