Case 9 ピンクの石 シンフリアン

第17話 幼馴染の失恋話

 ピンクの石、シンフリアンは幸せな絆をもたらしてくれると言われている。


 まだ出会っていない人は良縁を求めて、もう出会っている人は、より深く愛を育むことができるように、この魔法石に願いを込める。


 そして一年で一番、シンフリアンが人気になるのは、太陽の季節に催される『鎮魂祭』の頃。王都の中央に作られた美しい公園の木々に飾り付けをして、祖先の霊を敬い、感謝を捧げるお祭りだ。

 野外舞台も作られて、人気の音楽家たちが名演奏を披露するのだが、この時意中の人と訪れてシンフリアンを贈ると、先祖の霊の加護の元、末永く共に過ごすことができると言い伝えられている。


 リリアの店にも、そんなお客様がシンフリアンを求めて数多く訪れていた。

 いつもよりたくさん仕入れていたのだが、アッと言う間に売り切れてしまい、先ほどレギウスに職人さんのところへ追加を取りに行ってもらったところ。


 ところが、帰ってきたレギウスは、暗い表情の親友、イーサンの手を引いていた。


「リリア、ちょっとイーサンの話を一緒に聞いて欲しいんだ」

「いいわよ」


 クッキーと紅茶をお供に鑑定用のテーブルで一息つく。


 イーサンは二軒隣の床屋の息子でレギウスと同い年。レギウスがここに来て一番最初に友達になった、いわゆる幼馴染と言う間柄だった。

 床屋と言う商売柄か、親子共に明るくて話し好き。やんちゃだが、面倒見の良いところもあって、大人びて無口なレギウスにも気軽に話しかけて、半ば強引に仲間に引き入れてくれた。そのお陰で、よそ者のレギウスがこの界隈にすんなりと溶け込むことができたのだ。

 本人には面と向かって言ったことは無いが、レギウスはイーサンに深く感謝していた。


 そんなイーサンも年頃なので、最近好きな女の子に告白して付き合い始めたところ。一週間後に迫った鎮魂祭に一緒に出掛けるのを楽しみにしていたのだが。


「鎮魂祭と言ったらシンフリアンだろ。俺、メリルに買ってやろうと思っていたんだけどさ、この間一緒に市場に出かけた時に、露店の魔法石アクセサリーの店が出ていたんだよ」

「露店の魔法石アクセサリーの店? 珍しいな」

 レギウスが胡散臭そうな顔になる。


「だろ。だから、そこで買う気は無かったんだよ。俺はここで買おうと思っていたからさ。でも、メリルがすいっと引き寄せられていってさ、選び始めちゃったんだよ」


 そこに並んでいたのは、数は少ないけれど全てシンフリアンが嵌めこまれたアクセサリーだった。きっと鎮魂祭だけに顧客を絞って売っているのだろうと思っていると、メリルがその中の指輪をとても気に入って、買って欲しいと言い出した。

 最初は難色を示していたイーサンだったが、本人が身に着けるものなのだから、本人の好きなデザインを選ぶのが一番だろうと考えてしぶしぶ承諾。メリルはたいそう喜んで店主から受け取ると直ぐに身に着けてしまった。

 本来は鎮魂祭に贈り合う物のはずなのに……とイーサンはがっかりしたらしい。


「まあ、言い伝え通りでなくても、当日に身に着けていればいいのかなと思って、俺もそれ以上は何も言わなかったんだ。ところが……」

「どうしたんだ?」

「メリルの様子が変なんだ。急に俺とはもう付き合えないと言い出して。自分は運命の人と出会ってしまったから、さようならと」

「……それは、最悪だったな」


 イーサンはがっくりと肩を落としながらも、納得がいかないように呟いた。


「まあさ、俺のような平凡な男が、そんなに簡単に恋が成就するとは思っていないよ。だけどさ、なんか腑に落ちないんだよ」

「どんなところが?」

「メリルに、運命の人って誰だよって聞いたらさ、ジラート様だって言い出したんだよ。ジラートってどこのどいつだと思って、もう少し詳しく聞いてみたんだ。一発くらい殴ってやろうと思ってさ。そうしたら、ジラート様はウォルシェ国の守り神だとか言い出してさ。何のことだかよくわからないんだよ」


「ウォルシェ国の守り神って、たしかあの国はテラ教と言う宗教を信仰している国で、一神教だったはず。ヴァンドール王国のような多神教、自然信仰の国とは違うんだよな。その神の名前は確かにジラート神って言うけれど……」

「まさか、その神ってことはないよな。それだと生きてる人物じゃないもんな」


 イーサンがハハハッと渇いた笑いを浮かべた。


「うーん。まさかと思うけど」


 レギウスも考え込んでいる。


「そのシンフリアンの指輪、どうにかしてここに持ってこれないかな? リリアに鑑定してもらった方がいいかもしれない」

「やっぱ、そうだよな。でもな……あれ以来メリルは俺に会ってもくれなくて。しかも、ジラート様を推す会とかいう連中と付き合いだして、家も空けがちみたいなんだ」

「なんか、マズイ気がする。つまり、他にも同じようにジラート神を運命の人って言い出した人が居るってことだよな。その露店商、怪しいな。どんな店主だったんだ?」


 最初は失恋の痛手で暗い顔をしていたイーサンだったが、話を聞いているうちにメリルが心配になってきたようだ。


「無口なばあさんだったよ。白髪でグレーがかった青の目。あ、前歯が一本欠けていたな。俺、無理やりにでもメリルを引っ張ってくるよ。なんかヤバそうだもんな」

「リリアはどう思う?」


 レギウスの問いかけに、リリアも頷く。


「メリルさんの様子は確かにおかしいわね。イーサン君、連れて来てくれたら鑑定してみましょう」


「リリアありがとう。じゃ、俺早速行ってくるよ」


 イーサンが去った後、レギウスがますます考え込んでいる。


「ねえ、リリア。何か洗脳みたいな魔法でも使っているのかな。なんかすごく危険な気がする。ウォルシェ国の仕掛けた罠とかってこともあるかもしれない。鑑定しようなんて言ってしまったけれど、リリアを危険な目に合わせてしまうかも。やっぱり……」

「レギウス、親友のイーサン君を放ってはおけないでしょ。それにレギウスが居てくれるから私は大丈夫よ。それよりも……」


 リリアの決意に、レギウスも気を引き締めた顔になる。リリアの真意を汲み取って言葉を続けた。


「多分だけど、その露店商でシンフリアンを買った人たちはメリルと同じような感じになっているんじゃないかな。治安警備隊コンセルフォートに報告しておいた方がいいかもしれない」


「そうね。レギウスお願いできる?」

「わかった。行ってくる。まったく、とんだ露店商がいたもんだな。恋人たちの純粋な想いを踏みにじる酷い野郎だ」


 憤慨しながら出て行った。



 イーサンが恋人のメリルを無理やり引っ張ってきたのは、夜もだいぶ更けた頃だった。

 

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