第16話 鑑定の結果
リリアとレギウスが向き合って座り、互いの小指に赤い糸を結びつけるのを見て、ユリウス皇太子は目を丸くする。
「君たちは……その、もうそう言う関係なの?」
「いえ」「そうです」
リリアとレギウスの答えが食い違ったので、ユリウスはちょっと意地悪な笑みをレギウスに投げた。ムスッとしているレギウスにリリアがなだめる様に声を掛ける。
「レギウス、鑑定に入るから集中して。お願いね」
それからユリウスに向き直って説明をする。
「ユリウス様、この糸は私の命綱なんです。魔法石の鑑定は危険と隣合わせ。時に石に囚われてしまうこともあります。この糸はそれを防いでくれますし、私の浄化の能力を高めてもくれます。それだけ私は、レギウスを信頼していますし、彼は全身全霊で私をサポートしてくれているんです」
「なるほど。あなたの能力の一部は、彼にあると言うことなのですね」
「はい」
真っ直ぐな眼差しのリリアに、ユリウスは真剣な顔で頷いた。
「わかりました。お二人のコンビネーションをとくと拝見させてもらいますよ」
「よろしくお願いします」
いつも通り声を掛け合って、鑑定を始める。
まずは黒い石のネックレスに手を翳した。意識を集中させて石の声を聞く。
しばらくそうしていたリリアが、ぱちりと目を開けて鑑定結果を述べた。
「これは正真正銘、メァーディスで間違いありませんね。この魔法石は樹木の化石からできたもの。恐らくとても清らかな気をたくさん吸い込んだ樹木からできていると思います。魔除け、闇を払う力がずば抜けて高いですね。これこそ、王家の方々に肌身離さずお持ちいただきたい魔法石です」
「ほお。確かに、これは私の魔除け用ネックレスだ。乳母から、寝ている時も肌身離さず身に着けておくように言われて育った。わが身を守ってくれているとは思っていたが、それほどに力がある魔法石だったとは。これからも大いに頼むことにしよう」
求められていた答えと合致したらしいと感じて、リリアはニコリと微笑んだ。
「それでは、こちらはお返ししておきます」
無意識なのか首を差し出したユリウス皇太子。畏れ多いとお付きの者に手渡すと不満そうにため息をつく。
「美女の手から掛けて貰いたかったのに」
小さな呟きはその場の全員から無視された。
「続けてこちらの石の鑑定に移ります」
今度は見る角度によって色が変わるエストレラと思われる魔法石の指輪に手を翳した。瞬く間に意識が吸い込まれた。レギウスもいつも以上に集中力を高めている。
二人のやり取りは心の中で行われているので周囲には聞こえない。
沈黙のうちに鑑定が終了し、ほどなくして無事帰還した。
目を開けたリリアが感慨深い様子で語り出す。
「これはお一人の思念ではありませんね。一つ一つの思念は小さい。けれど多くの人々の願いが合わさって力となっている。そういう魔法石ですね」
「やっぱり分かるんだね」
先ほどまでの軽薄さは無く、穏やかな表情で聞き入るユリウス皇太子。
「戦いの無い平和な世の中を願う人々の思いに溢れていました。これは正に王に捧げられた魔法石です。元々は大きな魔法石でしたが、今は分割されて国の要職を務める方々に引き継がれていますね。一つ一つの力は大きさに比例して小さくなっていますが、今も多くの人々の希望を集め続けている魔法石です。魔力が衰えることはありませんので、その点は気をつけておくべきかと」
ユリウス皇太子が拍手した。
その音が店内の魔法石アクセサリーと共鳴している。
やっぱり、ユリウス様の魔力、多そうね。
「お見事だね。このエストレラは代々王家に伝わる魔法石。元々はとても大きな石だったらしい。でも、それを王一人で引き受けると重圧が酷くてね。精神をやられてしまった王もいて。そこで、当時の魔法石鑑定士から分割して管理するよう勧められて、今日に至っているんだよ」
「エリウス王も、ユリウス様も、他のこの魔法石の欠片をお持ちの方々も、良くこの世を治められていると、感謝の念が伝わって来ました」
ユリウスの目が細くなる。
「そう言って貰えると嬉しいね」
「でも、もしこの石の色味が赤に傾きがちになりましたら、ご注意ください。どこかで良くない傾向が発生している前触れとして」
「なんと! そんな事までわかるのか」
「石の主達がそう教えてくれました」
ユリウスは納得したように頷くと「本物だな」と呟いた。
立ち上がってリリアの側に来ると厳かに言い渡す。
「リリア・ブランチェスカとその相棒。そなた達を宮廷お抱え魔法石鑑定士に任命する。宮廷内に専用の部屋を用意するので、早急に移り住むように」
「待ってください!」
リリアが慌てて席を立った。レギウスも蒼白な顔になる。
「ユリウス皇太子様。大変光栄なお話なのですが、お受けすることはできません」
「え!」
驚いたようにポカンとしたユリウス。
「この世に私の申し出を断る者が居たとは」
罰を宣告されるかと内心ヒヤヒヤしていたリリアは、ユリウスの失恋男のような反応に、ほっと安堵する。そして好感も持った。
「ユリウス様、申し訳ございません。私はこの店が好きなんです。狭くて古くて可愛くもありませんが、私の祖先が代々ここで営んできた魔法石店です。ここだからこそ、私は力を発揮出来ているのだと思っています」
美しいお辞儀と共にそう伝えれば、早くも立ち直ったらしいユリウスがリリアの肩に手を添える。
ガタリとレギウスが椅子を蹴る音。
「分かった。そなたの言う通りにするがいい。但し、これからは我々の鑑定にも協力してもらいたい」
「もちろんですわ。私達の力の及ぶ限り」
満足したように頷いたユリウス。リリアの肩から手を離すと、おどけたように付け加える。
「あーあ。宮廷に移って来てくれたら、君にもっとアプローチしやすいのになぁ」
「え」
「おや、私の気持ちは隠していないつもりですが」
甘やかな笑みを見せた。
「年頃の皇太子が我儘を言えるのも、父である王の寛大さと英断のお陰です。他国ならとっくに好きでもないご令嬢と結婚させられている。国益のために。でも、父上は自分の目で愛すべき伴侶を選ぶようにと言ってくれました。そして、その相手に身分は問わないと。あなたのように国にとって大切な能力の持ち主であれば、貴族でなくても大歓迎なのですよ」
爆発寸前の思いを必死で抑えているレギウスをチロリと見ながら、「リリア嬢、いずれ又近いうちに」と言って去って行った。
嵐の後の静けさが店内に染み渡る。と同時に、レギウスの咆哮が響き渡った。
「くっそぉ! なんだあの男。リリアの腕を試すような事しやがって。二度と来るな!」
そう言いながら殺菌の魔法を扉に投げつけた。
「もう、レギウスったら」
ほうっと肩の力を抜いたリリア。殺菌魔法を投げ続けているレギウスの手を包み込む。
「レギウスもお疲れ様でした。王家に関わることは、慎重を要するからね。私の腕前を見にいらしたのね。でも、皇太子自らいらっしゃるなんてびっくりだったけど」
「だから妙な視線を感じていたんだな。護衛の奴らが数日前から張り付いていたに違いないよ」
「そういうことだったのね」
「あいつ、リリアに言い寄った。許せない」
そう言ってぷいっとそっぽを向いた。
「社交辞令に決まっているでしょ。本気なわけないじゃない」
「……軽薄な奴だけど、本気だと思う」
「もう、そんなわけないわよ」
「わかるんだよ。俺には」
妙に確信を持った言い方のレギウス。
「私は何処にも行かないわ。ずっとここに居る。だからレギウス、安心して」
「リリア」
どちらからともなく抱きしめ合った。
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