意外なお客様

第15話 品定めに来た男

 買い物から帰ってきたレギウスが首を捻っている。


「どうしたの?」

「うーん。怖がらないで聞いてくれる」

「なぁに」

「なんかさ、ここのところ、この店誰かに見られているような気がするんだよ。視線を感じるんだ」

「きっとそれ、レギウスのファンの女の子じゃないの」

「そんなはず無いよ。もっとずーっと鋭い影のある視線だから」


 その時、リリアの魔法石店の前に一台の立派な馬車が止まった。

 また貴族の誰かが鑑定依頼に来たのだろうと扉のガラス越しに眺めていると、美しい貴公子が優雅な所作で降り立った。

 はらりと落ちた金の髪を掻き上げると、碧の瞳がこちらを向く。


 盗み見している二人に気づいて、爽やかな笑みを送ってきた。


「キザ野郎」

 レギウスが小声で悪態をつきながら警戒の色を濃くする。ここのところ感じていた視線の元凶が現れたと思ったからだ。


 

 お付きの者が扉を開けたので、リリアとレギウスは慌てて横へと移動して出迎えた。


「ここが噂の店だね。そして……おお、美しい」


 爽やか貴公子はリリアに目を止めると、気障なしぐさで右手を差し出してくる。

 リリアが戸惑いながらも手を乗せると、その甲へ軽くキスをして頭を下げた。


「国一番と評判の魔法石鑑定士、リリア・ブランチェスカさんですね。お会いできて光栄です」

「い、いえ、私はそんな大それた者では」

「ご謙遜を。活躍のご様子は伝え聞いておりますよ。既に美しいナイトがへばり付いているのはちょっと残念ですが」


 レギウスにちらりと視線を移してから、再びリリアに微笑みかけて来た。


「なかなかに趣深い店ですね」


 にこやかな笑顔を張り付けながらも、店の隅々まで視線を這わす貴公子を見て、レギウスがまた小さく悪態をつく。


「はっきり言えばいいだろう。こんなに古臭い店とは思っていなかったとな」

「ちょっとレギウス、お客様に失礼よ」

 

 いつもと違ってレギウスの視線は鋭いまま。敵意を見せつけるかのように睨みつけている。

 小声で嗜めつつも、そんなレギウスが可愛くて笑いそうになってしまった。

 慌てて唇を嚙みしめる。

 

 でも……この男性ひと、どこかで見たことがあるような気がするんだけれど。

 一体どこでだったかしら?



 店の中をゆっくりと一回りすると、貴公子はお付きの者に目で合図を出す。


 差し出されたのは二つの魔法石。一つは黒い石のメァーディス、もう一つは見る角度によって色味が変わるエストレラのように見えた。


「実はあなたに頼みがあってきました。この魔法石を鑑定してください」


「わかりました。まずはお話をお聞きしたいので、こちらへどうぞ」

 リリアはいつものように椅子へと案内する。


「おお、こうやって鑑定していくのですね」


 貴公子は目を輝かせた。


 レギウスはいつもよりもピタリとリリアの横に貼り付いた。


「あの……お名前を伺ってもよろしいでしょうか。匿名での依頼はなるべく受けないようにしているんです。魔法石は、危険な物でもありますから」

「なるほど。セキュリティにも気を配っている。流石です」

「セクリ?」

「私の名は、ユリウス・アルフォードです。国防に関する大切なことですからね。直接私がこの目で見てみたかったので」


 その瞬間、リリアの思考が吹っ飛んだ。


 そうだわ! どこかで見たことがあるって思ったのは、王家の方々を描いた肖像画でだったんだ。


 目の前の貴公子こそ、この国の第一王子であり皇位継承権第一位のユリウス・アルフォード皇太子だった。

 現在二十三歳になっているが、未だ決まった婚約者はいない。

 見目麗しい姿に爽やかな語り口、武芸にも秀で頭脳優秀。王になるべく生まれてきたような王子は、国内にも国外にも人気があり、あまたのお見合い話が持ち込まれている。それなのに、全て断って未だ独り身を謳歌していられるのは、王であるエリウス王が意に染まぬ結婚に反対だったからだ。

 

 ユリウス皇太子はゆっくりとリリアと向かい合わせに座った。

 持ち込んだ石を指差しながら、「特にお話しておかなければいけないようなことは無いですね」と言った。


「……わかりました。お預かりしてもよろしいでしょうか?」


 落ち着きを取り戻して真っ直ぐに見返してきたリリアに、満足したように頷くも異を唱える。


「鑑定しているところを見てみたいのです。今、ここで見せていただけないでしょうか。リリア嬢」

 

 試すような視線をリリアに向けながら、長い手足を組んだ。


「魔法石鑑定は危険なんです。遊びじゃない」


 レギウスが低い声で言い放つも全く意に介していない様子。リリアだけを真っ直ぐに見つめ続けた。

 

 リリアもユリウスの瞳から目を逸らすことは無かった。


「わかりました。この魔法石はそれほど危険な気配は感じられません。それでも万が一何かあった時は、ユリウス様も王家の方ですから、ご自身を守るくらいの魔力はお持ちのはずですよね。今ここで鑑定しましょう」


「お、いいね。その意思の強い眼差し、ゾクゾクするよ」


 その言葉にレギウスが拳を固めた。そっと手を添えて抑えながら、リリアはにこやかに宣言した。


「それでは、準備をしますので、ユリウス様はこちらにお移りください。一つずつ鑑定いたしますね」


 

 



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